中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第五章 林業

第一節 林政と林業経営

三 領主の林政と林業政策

岩村領においては、文政一三年(一八三〇)諸産業の振興、領民の生活向上のため、家老丹羽瀬清左衛門が「国産の儀に付心得方申談存意書」を発表した。その中に山林に関(かか)わる項目があるので、それを見ると、「村々にては春一日宛人夫を出し、兼て用意していた苗木を持っていき、よく手配をして、井林又は山田の水口等に杉・檜・松等を植え、所により唐松の苗も植え、秋過ぎ又一日宛人足を出し、松二種は下枝を払い、檜・杉は下枝を幹に結びつけておくこと。切払うと後々板木にしたとき節になってよろしくないと水源涵養と木材生産をねらって山水方、国産方協力して植樹に努めさせている。さらに御林や百姓の持林も、その土地にあう木を見たてて、年々植え、板木や薪等なくならない様にせよ。松を植えるには、一〇月がよろしいが、岩村は寒い国であるから厳冬にかけて植えてはいけないので、二月に植えよ。藪の手入れも山林同様心掛けよ。竹は五月一三日か、その前後に植えるのがよい。松は自然に倒れる位掘ってほかへ移すのがよい。引抜くと根の皮が離れ根はつかない。竹は横根の余程付いたのでないと竹の子は生えない。この二種は度々試みたることである。外の草木も同様であるのでよく調べること。」とあるように懇切丁寧に植樹・移植方法を教えている。この事が阿木村内でどのように実施されたか裏付ける史料は見あたらない。