中津川市/古文献アーカイブ

中津川市史 中巻Ⅱ

第五編 近世(二) -関ヶ原戦から明治維新まで-

第五章 林業

第一節 林政と林業経営

二 林野制度

近世の山林・原野については、その管理・収益権がどこに、また誰にあるかによって、主として領主にあるものと、寺社の占有するもの、村あるいは個人にあるものに大別できる。
 当時の中津川の林野の分布・地積をここにこまかく明示することはできないので、限られた現存する史料によって、それぞれの所有・場所・面積等を概観することにする。
 当時の様子を知る文献の一つに「濃州徇行記」がある。これによって尾張領の各村の概況について見る。
 
[中津川村]
一 此村山町数のわけ山積帳になし 山村氏御朱印を以て野山共拝領の由みへたり
 ○山西東へ四里廿町程 北南へ一里五町程、内長十八町巾一里五町程 草山長一里十八町巾一里五町程 檜木 栂 樅山 長二里巾一里五町程 雑木山長廿町巾一里五町 柴山 郷より北南にあり
[手金野(手賀野)村]
一 此村山町数のわけ山積帳なし 山村氏御朱印を以て野山共拝領の由みへたり
 ○山西東へ一里四町ほど 北南へ十二町ほど 内長廿町巾十二町ほど 雑木山長十町巾十二町ほど 柴山長十町巾十二町ほど草山郷より西南にあり
  此村山町数村方記録に拠れば二百五十九町余ある由 しかし是は村人銘々扣町数を以てよせたるもの故町数八重ありて本町数にてはなしと庄屋いへり
[駒場村]
一 此村山町数のわけ山積帳になし 千村氏御朱印を以て野山共拝領の由みへたり
 ○此山西東へ一里ほど 北南へ一里ほど草山 郷より北南西にあり
[落合村]
一 此村山町数のわけ山積帳になし 山村・千村氏御朱印を以て野山共拝領の由みへたり
 ○此山西東へ一里廿町ほど北南へ十五町ほど 内長廿町ほど 樅 栂 雑木山 長一里巾一五町ほど柴山 郷より北南にあり
 ○村方より書出には六百五十九町余ある由
[千旦林(せんだんばやし)村]
一 此村山町数のわけ元禄山積帳になし 只山村・千村二氏知行高二百五十石野山共御朱印を以て拝領のよしみへたり
 ○此山西東へ一里二十町ほど 北南へ二十四町ほど 内長二十町巾二十四町ほど 雑木山長一里巾二十四町ほど 柴山郷より北にあり
[茄子川(なすびがわ)村]
一 凡山六百五十九町六反 内百姓扣松木山二十五町(十三町四反四畝山村 千村二氏 十二町五反六畝御蔵入)草山七十一町六反(四十三町一反山村 千村二氏 二十八丁五段御蔵入)村中入相芝草山他領分百八十四町五反 御領分百八十四町五反(百二丁九段十七歩山村 千村氏 八十一丁五段九畝十三歩御蔵入)禿山百九十四町 山税なし
 ○外宮山十八町
 ○山村 千村二氏高四百七十五石野山共御朱印を以て拝領の由山積帳にみへたり
 ○此山西東へ二十七町程 北南へ七町程 内長七町巾七町程 雑木山 長二十町巾七町程 柴山郷より西南にあり
「遠山久太夫領分田島屋敷高分幷野山之帳」より
  日比野村の条
  一 此村ゟ(より)西之方之山北南へ壱里 東西へ拾町也柴草野山
  一 同村ゟ北之方たかみ年山麓より峯迠三拾町横東西へ壱里五町 薪柴草山
  上地(うえじ)村の条
  一 同村ゟ北之方東西へ拾町南北へ五町柴山
  瀬戸村の条
  一 此村ゟ北南之方たかみ年峯迠拾四町横東西へ壱里薪山ふもと五町通(とおし)柴山
 
 苗木領の林野については正保三年(一六四六)「遠山久太夫領分田畠屋敷高分幷野山之帳」により一七世紀中頃の概況をあげ、さらに近世の状況が推測できる明治五年(一八七二)の「村明細帳」により山林原野の状況をみる。

Ⅴ-1 阿木・苗木各村の山林状況