NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

■岐蘇林友 廿周年記念號(第百四十四號) [翻刻・ルビ・注記] 

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          立 道 生(注30)
 山林課に奉職して居ると随分山の中を歩行することが多い。しかし自分は都会に暮して居て一週日目乃至(ないし)は10日目に人煙稀なる山中へ出張するを最も楽しみとし、最も衛生の理想の生活と喜んで居る。殊に此頃90度以上に昇って居る紅塵(こうじん:赤くみえる空中にただよう砂ぼこり)の静岡市を後に、蛾の声も聞こえない山家(やまが:山里)へ出掛けるのが中々の楽しみである。
 静岡市から3里程軽便にゆられて北に行くと牛妻と言ふ地がある。こゝから親ゆずりの足で八里程安倍川沿岸を上流へ上流へと溯(さかのぼ)って行くと梅ヶ島と云ふ山村がある。牛妻から八里の陸路は道らしい道がない。私が始めて出張した時は静岡県にもこんな山の中があるかと驚いた位だった。全村山林の3分の2は保安林に編入せられてある所を見ても、如何に此の地が崩壊し易いかゞ明かである。自分は今春4月1ヶ月間当村長の宅に滞在して居た。雨のために出張出来ない時は、村長の舎弟と2人で土地の名物ヤモメをあさって来て椎茸と煮て食った。こんな山中のことゝて「米のなる木はまだ知らぬ」と言ふふうで、米は皆山梨県なり静岡から移入する。
 産物としては茶・坊木・椎茸、山葵(わさび)である。こゝには又静岡県一番いな日本一番と言っても差支へない親くずれと言ふ大なる崩壊地がある。周囲一里余これが毎年少しづゝ増して行くから100年後には随分大なるものになるであらう。今一つこゝの聞えた物は温泉である。湯槽が非常に大で吹き出る水も多量で、静寂で身延の七面山(しちめんさん:1,989m)中へ来た様な気がする。こゝから10町も上ると身延の山続きで山梨県界になって居る。こんな山中であるから人情が非常に厚くて度々出張することゝて村民にもすっかり知られ、こゝへ行くと丁度故山(こざん:ふるさと)へでも帰った様な気がする。この地の方言を照介しやう。
  走 る (バシル)   恐 ろ し (コハイゾー)
  耕 す (ウナウ)   大 き い (イカイ又デカイ)
  椎 茸 (キノコ)   いやな人  (イヤナテハイ)
  妻   (ヨメッコ)  午後の間食 (ヨージャ)
  我 家 (オラトコ)  左様でせう (ソーヅラ)
  父   (トッチヤン) 小 さ い (コマイ)