NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

■岐蘇林友 廿周年記念號(第百四十四號) [翻刻・ルビ・注記] 

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          M Y 生(注20)
先年北海道庁に赴任し同年六月より6ヶ月間施業案編成調査の為、出張使役中の施業案調査用御用人夫アイヌ土人より聞知(ぶんち:聞き知る)せし一端をアイヌ物語と題して左に記さん。
アイヌ土人は現今北海本島及千島・樺太に住居すと雖(いえど)も、日本歴史の記する所に拠(よ)れば往古は蝦夷(えぞ、えみし)と称して日本本州に蔓延(まんえん)し、人々多くして勢力甚だ強かりしかば、其の勢力あるにまかせて屡々(しばしば)叛乱を起し、皇国の御迷惑一方ならざりき。
こゝに於て日本武尊(やまとたける)御親征あらせられ、其の後阿部比羅夫、坂上田村麻呂等の名将之を征服せり。一説に拠れば北海道のアイヌは本州より追はれて逃れ入りたるものなりといふ。熟考するにアイヌは元来北海道に住居せる民族なり。
何故なればアイヌは往時の物語を口伝によりて伝へつゝあるが、本州に住居せし事に就きては確実なる伝説なし。稀に斯(かか)る説あると雖も、其れは内地より渡来せる和人より聞きたる事柄に、揣摩憶測(しまおくそく:自分の心で他人の心を推しはかること)を加へたるものにして決して信ずるに足らず。其の他アイヌの言語・風俗・習慣等が和人と全く異る事と、石器時代にアイヌが使用せし諸種の器物が北海道の到る所に発掘せらるゝ事等、アイヌが旧来北海道に土着せし事を証明せり。されば北海道アイヌは本州より渡り来たも
 
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のにあらずして、本州アイヌこそ北海道より分れて蔓延したるものと言ふべけれ。北海道は往昔渡島と称し、渡島蝦夷の名は阿部比羅夫北征の時始めて史上に見ゆと雖も、其の何処(いずこ)に住居せしは其れよりも尚ほ甚だ古き事にして、北海道はアイヌの最初よりの根拠地たりしものゝ如し。
さればアイヌ種族の現今は天然物のみを友とせし。昔時は外部より何等の刺戟を与へられず、安全無事の生活をなせしものにして、人口も亦多かりしと言ふ。然るに御代の開くと共に優等人種と接触する事頻繁なるに従ひ、漸く(ようやく:しだいに)其の数減少せる傾(かたむき)あり。是れ生存競走に基(もとづ)ける優勝劣敗の真理ならんも、アイヌ種族に取りては誠に悲しむべき現象なり。現今アイヌ種族にして純粋なる者甚だ少く、山間の地或は交通不便なる地方にあらざれば之を見る事能はず。海岸地方の如く漁業の早くより開けたる所に於ては、和人の交る事多かりしが為め、其の子孫は大低混血し容貌の特徴を失ふ事少なからざりき故に、現今の土人の過半は混血児と云ふも可ならん。次に混血の土人と純粋の土人との体格を比較せんに、混血の土人は混血するにより却って其の両親より強大なる体格を有し、過激なる労働にも堪へ得るものゝ如し。純粋の土人は文明と共に日常生活の一大変化を来たし、其の体質は之に適せず次第に低下の傾向を見る。幸に近年漸く他人種との接触に慣れ境遇の変化に堪へ得る様になり、其の低下の傾向次第に回復せられつゝあると云ふ。
アイヌ男女共に首の辺まで毛髪を垂れ、其の上男子は男子なる威厳を保つ為蓄髯(ちくぜん:ひげをたくわえる)をなし、女子は女子らしく口辺(こうへん:くちもと)、又手の甲に文身(いれずみ)をなせり。文身の由来を老アイヌに尋ぬるも確としたる伝説無し、只(ただ)女として身を飾る為なりと云ふ。依って考ふるに世界の各人種は容貌の異るが如く其趣味も亦一様ならず、西洋婦人が胴を細くし日本婦人がおはぐろを塗るが如く、アイヌ婦人も文身によりて始めて女らしく見せしため、斯(か)くは習慣となりて行はれたるものならん。されど文身は野蛮の風習なれば、現今の土人は其の悪しきを知りて新に施す者なし。且警察に於ても取締をなしつゝあれば将来之を見る事能はざるべし。土人の習慣として家屋を建設するに当りては土地の善悪に注意し、墓の跡又は其の附近の地の如きは最も忌み嫌ふと云ふ。家の出入には必ず川下の方にして、便所は入口より7、8間乃至15、6間位離れ男女別々に建つるを普通とす。窓は川上に向ひ「カムイプヤラ」(神の窓の儀)を設け此処(このところ)より熊の頭を出し入れ又は祈祷をなすに用ふ。左側には「イトムンプヤラ」と称する窓を設け光を採り外を眺むるに使用す。川上を貴ぶは川奥に位の高き神々在(あり)せばなり。若(もし)此等の神々に人の出入口を示し、又便所を差向ける等の事あらば、其の者は祖先以来のしきたりを無視して甚だ無礼なるのみならず、忽(たちま)ち神罰を受け一家滅亡すと云ふ。
次に土人の習慣の一つとして行はれつゝある熊祭は、アイヌの年中行事中最も有名なるものにして、子熊を捕へ来り之を育て冬期に至
 
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り之を送る(祭る)事はアイヌの祭の中最も重(おもん)ぜらるゝものにして、其の育て方懇切なれば懇切なる程家益々盛になると云ふ。其の育て方等は略し単に之に関する伝説を左に記さん。
子熊は送(祭る)られる時に綺麗(きれい)な木幣立派な刀を模造し、珍らしい花矢、おいしい団子と酒とをたくさん背負ひ、父母の許に帰へりて今まで厚い御世話になった事や沢山の良い土産を頂戴せる事を述べるのである。此の時老父母は大層喜んで「嗚呼(ああ)左様か、お前は良い所で育てられた。彼処(あそこ)の家の者は心誠に良い、おれたちもあの家の先代には良く参いつたものだ。こりや隠居する前に1、2度遊に行かう。お前も言ふまでもない事であるが、良い友達を誘って時折遊びに参り、其の家の好運を計り且つ富ませよ」と親子は再会を喜んで、之より更に其の家の福来安泰を計るのである。
右の如くにて子熊を飼ふ目的は熊の同情を得て猟を多くし、財産を作り、又病魔等に侵されぬ様に幸福を得んとする為めなりと伝ふ。アイヌ種族の教育は往時文字無かりし為、其の往時の歴史を知るに甚だ困難なり。故に彼等の信じて相伝へし伝説の如きも果して事実なるや否や疑はしきものなり。只アイヌが昔より相互間に於ける簡単なる通信若くは山川を記し、又は通路の順を明かにする等の種々の符号を用い来りしは事実なり。家庭に於て児童を教訓するに神を敬ふ事、両親に従順なる事、目上の者を尊重する事、老人を敬畏する事、人の問はざるに自ら語り出でざる事、目上の者の談話に容喙(ようかい:横から口出しすること)すべからざる事等を以てす。而して男子には殊に漁猟する方法、弓矢及び罠(わな)を造る法、獣類の往来に伏矢する事、毒の調製法、諸器物の製作法、彫刻の法等を教へ、最終に信仰する諸々の神の名、祈祷に用ふる幣の作り方、祈祷文儀式に於ける挨拶及び其の順序、古代よりの伝説等を会得せしむ。女子には木皮を採りアッシ(注21)を織る法、刺繍(ししゅう)の法、料理の法より女子を育つる法、文身の技術、種々の舞踏、死人の為めの泣哭(きゅうこく:泣き悲しむ)の仕方、男子に対する礼儀に至るまで之れを教へ、殊に其の最も単発なる事は男子を尊敬し待遇する事とす。アイヌは他地方人との関係に付き子弟を教育するに、他地方の人を優遇する事、之れに会ひたる時は鄭重(ていちょう)なる言語にて挨拶すべき事、之れと共に酒宴を開き神に祈を捧ぐる儀式の心得等を以てす。此の場合に於て先方の風習儀式を充分に知るは必要なりと雖も、自村の儀式に精通せずして先方の注意を受くる様の事ありては、其の者自身恥たるのみならず、実に部落の不名誉なる事を以て、先づ自村の風習を教へ次に他村の事に及ぶと云ふ。家庭教育は右の如くして決して悪しきと言ふにあらざれども、惜しむらくは狭きアイヌの区域に止りて広く社会に亘(わた)らざるを遺憾とす。
現今の学校教育に明治中年土人の相当集団せる部落に於てのみ、国費を以て旧土人小学校を設けられ教育の進歩を計られたるも、其後経験により実際の状況に適せざる所ありしが為、大正の御代となり旧土人児童教育特別法等の規定せらる学校教育を施行せられつゝあり。
 
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斯(かく)の如く土人数育も漸次良好の状態に向ひつゝあるを以て、目下在学中の児童の生長して父母となれる頃は、其成績和人に異ならざるに至るべし。
左に1、2の土人語を示さん。
(土人語)        (和語)
ホクフ           男
メノコ           女
エカシ           老父
フジ            老母
ユボ            兄
アキヒ           弟
アチャポウ         叔父
ウナルべ          叔母
ピリカウ          美しい
イボカシ          キタナイ
ロベアンロ         食事
モコロ           寝る
シニアンロ   `     お休み
イランガラッべ       お早やう
カンピ           手紙
カンピエキ         手紙が来た
チクニ           木
ジバルパニ         薪木
ウニヒ           自家
チセ            家
ホッカイポ         若男
メノコポ          若女
メノシャン         盆
イノミ           祭
パイル           春
シリサック         夏
シチウック         秋
シリマタ          冬
シリセヽ          暑
ヒリメマン         涼
メマン           寒
アツト           雨
ウパシ           雪
アツトアシ         雨降
ウパシアシ         雪降
シリピリカ         晴
 
  (改頁)
 
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