NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

■岐蘇林友 第十九號 [翻刻・ルビ・注記] 

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          北米合衆国林業視察復命書抜萃
北米合衆国に於ける製紙業の発達は極めて急激にして、今や世界第一の製紙国たると共に世界第一の紙の消費国なり。1810年には各州内、既に185ヶ所の製紙工場を見たり。然(しか)れども之れ等は皆襤褸(らんる:ぼろ)製の手漉(てすき)なりしを以て其規模甚だ小なりき。1845年以後、機械的及化学的木紙料の発見あるや、国内富饒(ふじょう:富んで物の多いこと)の天然林を利用し、其製紙業は忽(たちまち)にして欧州先進国を凌駕し、今や嶄然(ざんぜん:一段高くぬきん出ているさま)一頭地を抜き、製紙工場は其数1,000に近く、内1日5万听(ポンド:1ポンドは約0.45kg)以上の製造をなすもの200を越ゆ。抄紙機(しょうしき:注28)1,300台(世界現在数の凡5分の1)を算し、1ヶ年の産額無慮(むりょ:およそ)320万噸(トン)世界産額の4割に上れり。合衆国が其製紙を初めて他国へ輸出せしは1826年なるが、同年の輸出額は約4万弗(ドル)なりしが、1856年には20万弗、1886年には110万弗となり、1908年には800万弗を超過せり。
凡(すべ)て此等多額の原料は近来木材紙料に移れり。従て製紙の主産地は専ら『スプルースヘムロック』、林豊富にして且水力利用に便なる地方に移転せり。即ち北方のメイン及ニーヨルク州の北部に大規模の製紙工場頻(しき)りに起り、北進して紙料の製造は漸次(ぜんじ:だんだん)木材豊富なる加奈太(カナダ)に移らんとす。
而(しか)して木材紙料は之を機械的木紙料・亜硫酸木紙料及曹達(ソーダ)木紙料の3種あり。機械的木紙料は木材を砕木機にて摺潰(すりつぶ)せる繊維状の少片にして単に木質細片たるに過ぎざるを以て弱く、且(かつ)搦合性(じゃくごうせい:からめ合わさる性質)に乏しく、単独に紙層を搆成すること能(あた)はず。因(よっ)て普通長繊維の紙料を交へて抄造す。其品質劣等なるを以て上等紙に使用すること能(あた)はざるも、代価頗(すこぶ)る廉(れん:値が安いこと)なり。
亜硫酸及曹達木紙料は重亜硫酸石灰液又は苛性曹達(カセイソーダ)液を以て木材実質を蒸煮し其繊緯素を摘出せるものにして、概して繊緯長く且不純物を含まず、頗る良好なる紙料たり。之れに使用する紙料木材は次の如(ごと)し。
樹種
(1)『ホワイトスプルース』 吾国の唐檜(トウヒ)等と同属にして其性質も略(ほぼ)同一なり。合衆国に於ける紙料木材中最重(おも)なるものなり。其分布極めて広く合衆国北部より加奈太『アラスカ』地方に亘(わた)り、太西洋・太平洋を連ぬ。樹高150呎(フィート:注29)、幹径3、4呎に達するものあり。
(2)『レッドスプルース』 樹高100呎、幹径2呎乃至(ないし)4呎あり。北カロライナ及テネツセー州に多く産し、主として混淆林(注30)をなす。
(3)『ヘムロツクヒイル』 吾国の栂(ツガ)と同属にして、ミネソダ・ウイスコンシン・ミシガン州に繁茂し、樹高100呎、幹径3、4呎に達するものあり。
(4)『ドグラスツガ』 吾国の『トガサハラ』と同属にして、ロッキー山脈より北方英領コロンビヤ州(注31)に至る太平洋沿岸諸州に産す。
(5)『ホワイトパイン』 吾国の松と同属にして、北部は『ニユーホンドランド』『クエーベツク』湖水諸州、西及南部は『ミネソダ』『アイヲワ』、東部太平洋沿岸一帯の地に産す。樹高200呎、幹径3乃至5呎に達す。
(6)『ポプラー』 吾国の『ヤマナラシ』と同属にして分布極めて広く、北は『アラスカ』より南『カリホルニヤ』『ニユーメキシコ』に至る間、太平・太西両洋に通じ、至る所に産す。樹高90呎、幹径3呎に達するものあり。
(7)『タマラツク』 吾国の落葉松(カラマツ)と同属にし
 
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て『ニューフオンドランド』『ラブラドル』より『ペンシルバニア』『ミネソダ』に至り、北は遥にアラスカに至る。
製法
(1)機械的木紙料製造
合衆国に於ける紙料木材は、何(いず)れも天然林より伐採するものにして、其森林たるや老幼大小の林木参差(しんし:長短ふぞろいであるさま)として混交せるものあり。元来木紙料としては老樹を避け壮樹にして直径小なるを賞用(しょうよう:ほめて用いること)す。之れ大樹は木繊緯堅固脆弱となり、紙料の生産歩合減少し、又作業に先(さきだ)ちて割裂せざるべからず。故に紙料木材として此等の天然林より、殊に幼木にして直径比較的小なるものを選伐し、老大木は之を建築其他の用材に利用せり。従て林業上の間伐と大に其趣を異にし、単に利用上の方面より之を行ふなり。工場に運搬する原料木の長は製造法及工場により区々(くく:まちまちであること)として一定せざるも、普通16吋(インチ:注32)乃至4呎にして、時には8呎に達するものあり。其直径は4吋乃至1呎にして6吋以上のものは工場にて割裂せざるべからず。又原料木は普通粗材・山地剥皮材に区別す。粗材は普通冬期に伐採し皮付の儘(まま)2呎或は4呎、時としては8呎に切断して工場に輸送す。山地剥皮材は伐採台(注33)直(すぐ)に林地にて剥皮したるものあり。剥皮すれば粗材層積(そうせき:注34)の25パーセントを減ず。工場剥皮材は粗材の儘(まま)工場に輸送したる後、剥皮器にて剥皮す。凡(すべ)て木材の材積は幅8呎、長及高5呎、即層積128立方呎を単位とし、之を1『コード』と称す。剥皮材1『コード』の重量は3,000乃至3,600封度(ポンド:注35)にして、1『コード』の木材本数は平均直径4吋4分の3の木材にては174本、5吋2分の1は122本、6吋5分の1は100本、7吋10分の1は82本あり。
工場にて木材を砕木機にて砕潰する前に、之を剥皮鋸断し又其径の大なるものは縦割し木節部・腐蝕部等を除去する等の予備作業を施すを普通とするも、往々にして此等の作業中の或部を省略することあり。剥皮機は一の直立回転円盤面に輻射状(ふくしゃじょう:放射状)に少しく偏斜して4個の刃を鋲(びょう)付けにしたるものにして、木材を横に此円盤に添へて圧着し外皮を剥ぐ。
鋸断機としては多く円鋸機を用ふ。此機には定鋸式と動鋸式とあり。前者は短材を切断するに適し、後者は長材を切るに便なり。縦割機は上下に滑動する重き鉄棒央端の下に木材を縦に当て任意に割裂する装置にして、此機に水平の方向に動して割裂するものあり。除節(じょせつ:ふしを取り除く)は鑒孔機(注36)を以て行ふ。此(かく)の如くして準備作業を終へたる木材片は、之を砕木機にかけて砕潰す。
砕木機とは一の円盤状磨砕石の円周に沿ふて数個の挿材函(そうざいかん:注37)存在し、此函内に木片を填充して、或(ある)機構によりて之を石面に圧着し、同時に多少の水を給し、而して其石を軸によりて1分間110乃至240回の速度を以て旋転し木質を磨砕摺潰する機械なり。此運転は何(いず)れも水力に依(よ)れり。普通磨砕石の直径54吋、厚27吋余、挿材函3個にして1台に要する動力200馬力以上、其生産量1昼夜凡(およそ)5乃至10噸(トン)に達す。合衆国にては圧砕には給水を少くして紙料を高熱濃厚ならしめ所謂(いわゆる)熱砕を行ふ。熱砕は冷砕に比して其生産量多きのみならず、其品質柔軟にして長きものを得るの利ありと。砕木機より出で来る〓(1字印刷不明)状原質は之を選別機にかけ篩(ふるい)分けて、其粗大不良のものを摘去す。選別機を通過せる原質は脱水装置により水の多分を脱却す。
(2)亜硫酸木紙料製造
木材の運搬装置、剥皮・鋸断・縦割・除節等の予備作業は機械的木紙料の場合と同様なり。只(ただ)亜硫酸及曹達(ソーダ)木紙料の場合にありては、蒸煮缶に入るる前、之を尚(なお)一層小片に分つを要す。即ち鑿削機により小木片となし、更に節部・腐蝕部等の不純物を除去して之を精選す。蒸煮液は専ら重亜硫酸石灰液を用ふ。蓋(けだ)し木紙料の名称は之れに因るものとす。木材小片材は之を蒸煮缶内に投じ、蒸煮液を加へ蒸気を通して木質中の非繊維物を溶解し去り、繊維のみを摘出するなり。缶には直立・横置の両式、回転・固定の二様あるも、現今多くは直立固定式を採用し急速蒸煮法を用ふるが如し。缶内にて蒸煮を終らば直ちに蒸気圧力を用ひて一時に溜函内に噴出せしむ。此際蒸煮物は砕潰し結束は自ら分解す。仍(よっ)て之を溜函内に於て洗滌し、更に他の洗滌器に依り完全に洗ひ、後回転円筒式捕節機により良繊維分を選別して之を漉取機にかけて脱水せしむ。蒸煮液、蒸煮法及蒸煮後の取扱如何(いかん)により、其製品に著しき相異を来すものなり。故に各工場各(おのおの)之を秘密にし、之が研究改良をなしつつあり。米国に於ける操業の模様を察するに、作業速にして且つ労力を要する事少く装置簡単にして操作又容易なると、其製品の取扱少しく粗略に傾き不純物混交の恐あり。亜硫酸木紙料には漂白と未漂白とあり。未漂白紙料とは遊離酸多き比較的強度の薬剤を用ひて急速に蒸煮し、且之を漂白せざるものにして、漂白紙料とは遊離酸の比較的多からざる液を以て長時間に柔軟に蒸煮せるものを、直に多量の漂白粉溶液を以て漂白せるものなりとす。亜硫酸法は曹達法に比れば薬液激烈ならざる故、繊維を傷むること無く、且其成長量多く又薬品廉にして回収等に投資を要せざるを以て、本法の開始せられし以来、未(いま)だ30年に達せざるに世界到る所に行はれ、三法中最も盛大なるも
 
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のなり。
(3)曹達(ソーダ)木紙料製造
木材取扱に対する予備作業は前法と全く同様なり。只(ただ)此場合は除節を完全にするを要せず。蓋(けだ)し薬液激烈なるを以て、不純物は良く分解して後に捕節機に依(よ)り容易に除去し得べければなり。蒸煮缶の構造も前者と略(ほぼ)同一なり。蒸煮の方法は単純にして適度の苛性曹達(かせいソーダ)溶液を加へ之に蒸気を通じ一定時間蒸煮を継続す。而(しか)して出來上りし蒸煮物を排出函内に噴出せしめ、液を滴下して後、可成的小量の熱湯又は冷水を用ひて充分に洗滌し、此等の洗液を集めて曹達回収装置に流送す。原質は尚(なお)完全に洗滌して後、漂白粉溶液を用ひて漂白し、更に洗て之を捕節機に通し、最後に漉取機にかけて水分を脱出す。曹達法に依る繊維紙料の生成高は亜硫酸法のものに比れば2、3割少なし。蓋し(けだし:まさしく)薬剤強くして多少繊維素を溶解するに基因す。去(さ)れども漂白は極めて容昜にして漂白粉用量従て少し。曹達木紙料を亜硫酸のものに比較するに其品質著しく異なり、前者は柔軟にして遊離状に叩解(こうかい:注38)し得べく、後者は硬く強靭なり。曹達法にては高価の苛性曹達を多量に使用するを以て、蒸煮排出液中より之を回収復用せざるべからず。従て其装置に巨額の資本を要し、延て該術(がいじゅつ:注39)をして冷く世に拡張するを難からしむ。