NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

■岐蘇林友 第十九號 [解説] 

094


 
 第2代校長江畑猷之允は、『木曾山林学校々友会報』の名称を『岐蘇校友』にかえ、明治43年10月から、それまでの年2回発行を月刊化した。さらに名称から「校友」を外して『岐蘇林友』とし、19号はその最初の号となった。こうして同誌は学内の枠を超え、地域への近代林業の啓蒙誌となり、県下の郡役所・町村役場・小学校・青年会などへ配布された。こうした取組みや県外入学生が多いことは地域の人々を動かし、同校を国立化して高等山林学校に昇格させようという運動が起り、続けられた。
 この月刊化はその後大正12年4月まで確実に行われ、全国各地のみならず朝鮮、台湾などに赴任した卒業生たちへも同誌が送られ、かつ彼らも任地の林業情報などをこの誌上にもたらした。それらは中堅技術者が現場の目線でとらえたもので、大いに注目するものがある。こうしてこの雑誌は内容のあるものになっていった。
なお19号の内容は意欲的な教師たちによる原書からの翻訳、林業関係の先端記事、卒業生の任地からの報告及び生きいきとした校内ニュースなどである。