NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

■木曾山林学校々友會報 第一號 [翻刻・ルビ・注記] 

            画像10
          通常会貝(注12)  三 澤 義 治(注13)
抑(そもそ)も山と川とは密接の関係があつて、山の高さと川の長さとは概(おおむ)ね比例するのであるが、其山の状况によりて、それから流れ出る川の水量の多少には夥(おびただ)しき差違があるのである。何故(なにゆえ)如斯(かくのごとき)差異を生ずるかと云ふ其原因は、森林の有無が大なる原因である。由来(ゆらい:もともと)森林は雨水の水溜りとも云ふ可(べ)き処であつて、雨の降つた時などには、其水分は森林中の蘚苔・雑草・朽土の為めに森林中に把留(はりゅう:とらえられてとどまる)されて漸々(ぜんぜん:次第に、徐々に)と流れ出るものである。其れ故に森林が繁茂せる地方から流れ出る水は、樹冠より地下に至り泉と成つて出る訳だから、此水は皆水漉(みずこし:注14)にて漉したと同様で誠に清潔の水となるのであるが故に、下流に至つても矢張(やは)り清流であつて、降雨の時などでも濁流となることがなく洪水などの恐れが少なく、随(したがっ)て河幅が狭くても水の汎濫する様なことはない。そして夏の炎天となつても水が欠乏すると云ふ様な惨状はない。故に魚類等は善く繁殖する訳である。殊に清水を好む所のあい・ます・さけ等の魚類は、如斯(かくのごとき)河水に来つて充分に産卵して大に水産業を賑はすと云ふ様になつて来る。
そこで森林がありさいすれば清流が出るかと言へば、それ許(ばか)りではない。つまり森林があれば蘚苔・水草・昆虫等の如(ごと)きものが生ずるから、食餌を求め産卵を容易ならしむるのである。以上述べました様に此山と川とは誠に大なる関係があるもので、農業を営なみ工業をなすにしても、間断なく平均の水の出て居ると云ふことは大切な事である。然るに之に反して山は皆禿山裸峰土色を現はし、少しも植物らしきものが生育して居なかつたならば、風が吹けば土砂を飛ばし、雨が降れば忽ち洪水となつて土砂を流し、堤防を破り河水は汎濫して田畑を荒し家屋人蓄を害し、下流の交通を遮断し殖産興業に莫大の損害を蒙
 
  (改頁)
 
(こうむ)らする事は実に驚くより外はないのである。近来も維新以後の森林経制の緩なりしが為めか、森林が荒廃して洪水が頻繁となつて来て、之れを防止する堤防などを修繕する費用の巨大なる事は、以前に数倍する様になつて来たのを見ても、森林が荒廃したと言ふ事は明瞭である。而して損害を蒙りたる場所を修繕するにも矢張(やはり)木材が多量に必要である。之れを償ふには又森林を伐採して充(あ)てんければならぬ故、伐採すれば又洪水が多くなると言ふ様になる。之れ実に林業者及当業者をして困難を噛ましめつゝある所である。如斯(かくのごとき)訳だから勿論(もちろん)魚類など生育する訳のものでなく、山は崩れ谷は埋もれ洪水の時などは濁流極まりなく汎濫して、降雨の度数に連れて出水退水の早さ滑盤に水を注ぐと異ならない様である。如斯きの川は河幅の面積が過大で平時は僅(わず)かに中央を流るゝ些少(さしょう:すこしばかり)の水があるのみ。降雨でもすれば忽ち洪水となれども、夏期に至れば水が全く涸るゝが如(ごと)き川の多きのは、実に嘆(たん:なげく)ずべきことであります。実に此点に付きては、吾人の深く注意すべき事だと信じます。