NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

養蚕往来 [翻刻] 

 「嘉永三年版      画像2
   江戸藤岡屋板
  養蚕往来  」
養蚕往来
 
  (改頁)      画像3
 
開威畏くハこゝに図しまつれるハ桑蚕の祖神にして常州日向川村
蚕霊山千手院星福寺に立せ給ふ衣襲明神即是也、されバこの
御神を祭れるもの蚕養を業とする家にハ桑よく栄てその  若葉の
春の寒さに傷ことなく蚕屋の中に鼠
つかす蚕卵ハ
遺なく化育して
如意万倍の
利徳あり、又蚕
養せぬ良賎男女も常に神施
を信心していのるべし、
又給事の婦人懐中に収て  祈れハ常に望の 衣裳いで
来て縫針の隙なかるべし、蓋衣合住の三禄ハ人間の至宝たり、信じて疑ふ
ことなき人には霊応紡□の如くなるへしと云々
 
  (改頁)
(上段)(下段)
蚕籠作様秘伝
 
蚕養ニハ先第一に
棚竹むしろ籠すべ
て入物道具るい沢
山にとゝのへ置ふそ
くなきやうにすべ
し、尤大籠の始
末あしきものゆへ大
方よこ三尺長サ四
尺くらゐにて一間
のあいだニ□いざし
のつもりにこしらへ
置時ハ家内すゞしく
蚕に暑をうけず
人手間に益あり
   養蚕往来
夫養蚕の始ハ唐土の黄帝
有熊氏、我朝ニ而ハ神代保食より
始、人皇ニ至迄天子の御翫なる
由、然を末世下万民救ゑ
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□□□種□□
□□□八十□□  
□にとゝのへ薄置
一也、奥州ハ寒こく
なれバ□着なれ
とも余国ハ大かた
竹かごなり、右のごとく
道具多く入ること
なれバ人□□すく
なき家なとふ
身上不相応に欲
をはり、蚕たね多
く仕入る事大損のもと
いと心得しるべき也、
桑□りやうの事
猶又農家の経営となる農業
の間を以養蚕し糸機織物
衣裳絹布ニ用而我国の通宝と
なる事難有次第也、凡蚕ハ天
下の名虫ニ而男女辛労の手ニ馴
            (改頁)
蚕種の紙に産つけたる
をうつす図
こたねの
かミにう
ミつけたる
かはる
三月の中□□□
ぜん
ごに生
れ出る□
かへると
いふ也すでに
かへりいでて一ばん
二ばんなどとわかちおしきへ
いれくハのはをこまかにきさ
あたふる也これをくろくとも
壱ツすべときいふなり
故金銀不足なき人々茂其土地ニ
備バ養蚕ニ心を寄神虫の出時
を伺其用意たるべき事也、先掃
立の日より獅子の桑付迄ハ
其場を去らず養育陽気
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桑ハ寒中下糞
その外酒粕馬踏
□のるい沢山畑合
ニ桑の根にほり入れ
べし、かく□□ふし
おけハ春若葉や
ハらかに芳はやく
ひろくなるものなり、
しかし春夏ハかな
らずこやしいたす
べからず、もし又おそ
霜下りたる節ハ
桑葉を水にて
よくあらひかハかし
て蚕へかけべし、花ハ
の変化ニ心を付、凌しき日家を
離ずして桑を能程ニ与へ暑の
強日ハ沢山与べし、蚕ハ正しく神の
虫なれバ清浄第一ニして夫婦
或ハ召使ニ至迄詞を乱ず家内
            (改頁)
蚕飼のために
桑の葉をと
る図
かひこすでに大ねむりおき
してのちハくわのはを
あたふる事まへくよりハ
おほきゆへくわのはをとる
にも□なくいそがしき
     事なり
睦く活たる神の其家へ至給と心
得悪欲悪言無之様慎肝要也、
然バ文字ニも天の虫共又神の虫
とも書伝る也、爾共諸人多ハ大
切の種元を撰ず、蚕ハ其その年の
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数を損する大毒と
しるべし、扨又桑畑
別に仕立る場所ハ勿
論耕作畑のカタハら
に植つけおく土地に
てハ桑つむころ耕
作仕付のじせつなれバ
菌□畑に入り桑
にもかゝるものなれバ
蒔入したる畑の麦
大雨ふる後までハ
とらざるやうに心得
べし、糞かけてほど
なき桑あたふる時ハ
蚕ミな口より青水
運ニ寄と心得、我誤を知ず惣而
蚕を外にし、不作の後色々の愚痴
を発し、他の繁昌なるを憎嫉、或
ハ種元を恨、家内の不機嫌皆
主人の愚なる故也、兎角我分
            (改頁)
桑の葉をさきミ
製する図
かひこ
三ど

すミ


ちく
わを
あた
ふるに
したがひしたひに大き
口なりますます
 おほくなるゆへに
外の竹すだれやう
のものにうつし、
 くわのはをこま
 かにきさミせい
  するにいとま
      なし
限より余慶不可掃、多ハ種欲を
加気蚕盛の時ニ至、諸道具人
手間不足ニ而自然と麁抹ニなり、
或ハ農業ニ障又ハ桑不足成
年ハ養詰而無是非若蚕を
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れバ口るべきの第一也、
桑つくりやうハ枝さき
なる若葉手にて
つミ、そのまゝ毛蚕
掃立に口掛べし、すべ
て諸虫木の口若
葉より喰初、盛
長にしたかひ強葉
をくふものなれバ、蚕も
是に習ふて桑葉
を与ふるときハよく
養ひの理にかなひ
猶桑葉にも徳有、
又枝さきをはやく
留れバ穂の起方
実入等よろしきもの也、
揚、繭散々ニ致損失こと有、是皆
欲より発也、都而神虫の失ハ由断
より成ものなれバ、掃初而より後ハ
人の所へ行長咄不致、又手前へ
人来パ無礼を断仔細を告、猶
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口口口口口時きさミ
たるくハ
をあた
ふる図
 
かひこ口口口どと
ありてくわをしけどくハぬ
事四どあり、これをねむる
ともよどむともやすむと
も二口口とも口けのやすミ
ともいひ口口三どめのやすミ
をふるのやすミ共いふすべて
やすミのときハくわをあたふる
事そのかげんむつかしきもの
           なり
手入を懈るべからず、唯養蚕ハ片
時の由断より失を生じ、不慮の難
にて病出ること多し、然バ四季共に
農業少の隙有時ハ棚竹莚
籠等沢山調置、入物道具不足
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よくよく心を用ひて
なすべし、
  
種寒水の仕様

夫種を取扱ふことハ
尤大切の事也、まづ
寒水の仕やうハ目
かたをよくよくあらため
朝水に三日つけ引
あげ、尤もとの目方
まで懸おくべし、先
はきたてにハ茶の
間などひろき場所
に棚を畳より二尺
ほど高くつり、それへ
差上げおくべし、
無之様常ニ心懸べき也、扨又蚕種
遠路を取遣ニハ、懐へ不入風呂敷ニ
不包、唯桐箱骨柳ニ入、其上を
渋紙ニ包、取扱ニも天日を除、火の
側を堅く忌、手抔洗、随分大切ニ
            (改頁)
蚕口口口ちて丸葉の
桑をあたふる図

かひこまゆを
口口口とき
口口
□と
いふ

ひろき
ふたの□ いに
□□□ばな
どのものを
しき入れて
しきり、かひこ
をおきてわくをおほひに
してまゆをはらする也、四
五日もしてのちまゆを一ツ
づゝもぎはなしてとるなり、
まゆはるものを簇と
いふなり、
すべし、抑種の上中下ハ地〆冴
能、色黒白粉を吹、大粒ニ実入能、
譬重たり共蛭働無村手障強、
少も不落品本場の桑ニ而、念者の
養製したる上種と可知、或ハ種
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あるひハ籠をかさね
又ハたゝミの上へ置
事はなハだあしく
心をつけべし、又掃
立日に蚕の上へ
何にてもかけべからず、
いかほど寒くとも
くるしからず、とかく
温なるをきらふ、只
寒き時ハ日数□る
ばかりなり、もし又
桑くひかねる事
ありとも、舟より
してハ桑すくとよく
揚に少しもうれ
ひなし、獅子□□
不冴、村ニ重小粒ニ而赤色ニ見へ、又ハ地
不〆、粒抜たる所有、或ハ一所ニ重曇
油気なく少障而も破羅々々と□
種大下品と心得、又大粒ニて色
青ハ夏蚕種と可知、春蚕ハ譬
            (改頁)
起出へき時をうかゝひ
そのか□ひを
なす

 
かひこ第四どめの
やすミを大ねむり
ともにハのやすミとも
 いふ也、おつつけおき
いづべきときを
 □□□よういに
 ふだんすべからす
青色也共白粉を吹て小粒也、其外
再出多、又□実沢山なるハ暖なる
家ニ而蚕尻高歟、或ハ上棚ニ揚、暑ニ
中たる蚕ニ而取し種也、惣而村産
重多冴悪ハ、蚕多分養散一向の
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夜着ふとんなどかけ
又ハ火のそバあるひハ
紙張の中へ火ばち
を入れ、つよくあたゝめ
たるかひこハ、獅子
だけまてハ見事
なれども、舟より
して桑くひかね
ふそろひになり、ゆく
ゆく不作いたすも
のなり、あつく心得
べし、惣じて養蚕
の道ハゆだんより仕
そんずる事はなハだ
多し、されバ□□
□□□なれ共
不育種也、又水色ニ余見事過たるハ
遅取也、必下品与可心得、右様の品
違作不致様可見習者也、近年商
売人多、其種元を知ず、悪種を
上品と心得致渡世、万人歎を懸
            (改頁)
簇たるを
 もてはなす図
 
なままゆを
しほにひたすトあり、
大きなる一本のうち
そと□□の上
□うれその
うへに
 
きり
のは
をしき
てしほをふりか
けと、上をどろにてぬり
ふさぎて其日立て、とり
いだしかまに入れ、わくにか
けてくりとる也、
是天命を恐ざる仕方也、其罪幾
許の事哉、養人ハ陽気不順を
知ず、又ハ我手違悪種等の差別を
不弁人多し、能々正直真実心を以
売買致候ハヽ、養蚕繁昌永久
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やゝもすれバゆだんこそ
あるものなれバ、其家々
の女房等にのミ打
まかせおく事かたく
無用たるべきものか、
とにかく亭主たる
べきものよくよく常に
心を用ひ朝夕気を
つけべき事肝要也、
扨又既に本文にも
あるごとく、すこし若
あげ蚕ハ吟もはかり、
よく見ゆるとも貫
目これなく、糸目不
足なるものなり、たびたび
たるべき也、尚又蚕ニ大毒ハ〓<ウナギ>を焼、
杉の青葉を焚、麝香乳香薫
□煙草塩煤酒魚油蝋燭の消
跡禁物と心得慎、惣而臭物遠
慮可致、又鼠多猫も不及時ハ鼠通行
            (改頁)
 わくにかけて糸をくりとる図の道へ蒟蒻玉を摺付、或ハ山樒の
枝を指可防、羽虫ハ川魚を串に
差下置時ハ自然と魚ニ取集物也、
蟻桑より入時ハ蚕の中を団扇ニ而
強可吹仰、退散もの也、陽気の
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たゝずといふことなし、
すべて夜中ハ曳ず、
朝五ツ時より日くれ
方まで曳るもの也、
兎かくひ気(き)はじ
めに一ト通りひろひ
そのあと蚕尻抜繭
ハあつくかけべきなり、
又永雨の時節蝶
出ることあらバ、炉
に炭火沢山入れ
四方に戸をよこに
おき、その上障子へ
□のまゝ紙の方へ
うつむけにのせ
事ハ人真似不可致、年々の寒暑
我家々ニ習可覚事也、掃初より
吾身常ニ袷ニ而寒心持ニ而陽気
を取、若掃時節暖なれバ、高窓
或ハ仕切等戸を明開涼敷而掃
            (改頁)
糸を取り上げ機に
なして織立る図
べし、家の西ニハ木を植並、夕日を
除、又雨降寒強綿入重着致共
凌兼時ハ、蚕の側少離屏風を立、
内の仕切を明掃、二間程隔火を可
焚、但天井下悪而陽炎包時ハ即
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天日どうぜん也、これ
らもよくよくたんれん
すべし、抑絹布の
織ものハ、蜀江あや
おり、蝦夷にしき金
らん緞子繻子び
らふとらしや厚板
りんすしやうじやう緋ハ
いふにおよハす、国々の
名産西陣桐生
のおりもの其外
京はぶたへ丹後
ちりめん筑前
はかた信州上田
甲州ぐん内相州
□□武州ちちぶ
時に滅もの也、惣而夜八時桑一度
宵四時一度可懸、毛蚕ニハ昼数度
可懸也、其砌竹箸ニ而手広可致、
獅子鷹暑の節ハ、南窓有之家ハ
惣不残明広可休、南風ハ暑中たり共
            (改頁)
加賀きぬ奥しう
ふくしまのかるぎぬ
結城つむぎあをめ
じま伊豆八丈縞、
そのしなじなハかわ
れども、みなかひこ
にて織ものなり、
されバ此道をわざ
とするものいよいよ
大切にこゝろへ、常に
しんじんおこたりな
く慎んて養蚕
いたすべきもの也、
 歌に
天降り給ふ
悪と心得、譬四度の休ニ起不揃共
桑不離様肝要也、唐土の書ニも悋
一蚕害九蚕と書たり、一同蚕揃
度長休為致時ハ害成理也、休居時
手入不苦、起初ハ必不可手附、三四度
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神こそ養蚕なれ
あらゆるひとのたすけなりせば
眼のまへの罰と利生ハ蚕飼なり
あたりちがひは我にこそあれ
桑附る後迄嫌初度の休ハ七八日
極最上也、余早ハ不宜、蚕生出ハ黒
延たるハ吉、黒共太短ハ悪し、神虫
赤色又ハ頭計大毛蚕這出る時ハ、
舟より皆死る者也、猶又神虫揚節ハ
            (改頁)
糸機のをしへやまさに神ならん
直ならざれバ織られざりけり
千金の黄金虫とハ養蚕なり
こゝろに着せよ錦あやおり
随分曳理を拾、其跡へ桑を懸、
二日程拾、其後打桑不残懸可
揚、第一繭大振ニ而〆り能、練張有而
一枚種ニ干、繭五貫目より十貫目位
慥成物也、又少若揚蚕ハ吟計能見へ、
            (改頁)      画像15
一説に曰、蚕の神を
祭ること日本の古
をかんがふる軻過
突智埴山姫に
あひてわかむす
びを産、此神の
はしらに蚕と桑
と生れりと神
代のまきに見へ
たれバ、ほんてう
にてハわかむすび
を祭るべきもの
歟、又人皇第
二十代雄略天
皇の御后、みづ
候共柔ニ而、貫目無之糸目不足也、度々
蚕尻を取候而糸ニ不足と云事なく
都而夜中ハ不曳、朝五ツ時より暮方迄、
曳るもの也、尚委ハ養蚕章ニ詳也、
都而絹布の類ハ皆蚕より成物ニ而、是
            (改頁)
から蚕飼し給ふ
こと日本記に見へたり、
唐土にてハ黄帝
の后せいりうしを
はじめとすること
つらんといふ書物に
出たり、返すがえすも
是を麁抹になす
ことあるべからざる
ものなり、
全天よりして世を助の品なれバ、疎ニすべき
無道理、只養蚕の中違ハ其身の愚
故と心得、偏ニ致大切時ハ自然と天理ニ
叶、其家富貴繁昌可為永久者歟、
(蔵書印「佐藤園右衛門」あり)

嘉永三庚戌歳八月改正    東都通油町 藤岡屋慶次郎板