NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

■幕末の先覚者赤松小三郎と実母宛書簡 [解説] 

 後世、赤松小三郎の名を高らしめているのは、慶応3年(1867)5月17日に越前藩主松平春嶽(前政治総裁職)に建白した「御改正の一二端申上げ奉り候口上書」を提出したことであろう。その原本は伝わってはいないが、内容は『続再夢記事』(春嶽の政治活動に関する記録)に全文が収録されている。
 小三郎の国家改造案は①人材を選んで内閣を置き、官吏は家柄によらず人選し、上下両局の議政局(議会)を創設し、国事はすべてこの議政局で決議する。②全国の主要都市に大学校等を設置して人材を育成③税負担の公平化④貨幣改革⑤政府に直属の軍隊の創設等であった。
 特に国会開設の提言については、坂本龍馬の「船中八策」起案の一か月前のことであり、日本における最初の議会政治の提唱であった。
 赤松小三郎顕彰会会長の伊東邦夫氏によると、この建白書は薩摩藩国父島津久光にも同時に提出されたという。