NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ

7.教育、人物・伝記

寺子屋師匠の日記

[翻刻・注記]

その五 明治元年一月~五月日記 明治元年一月~五月
 
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    「年内諸事控日記 小沢和徳 慶応四戊辰年正月吉日」 同
    所蔵
 
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(○上略)
 
(一月)
同廿一日
如嘉例学問始首尾克
相祝 初登山(とせん)七人目出度入門
有之候
 
 同廿二日廿三日 快晴
手習素読(声に出して暗誦すること)出情(精、以下同ジ)
 
(○中略)
 
 廿九日 曇 夕方より雨ふり藤沢へ謡ニ行
 二月朔日 雨 昼後雪荒 夜中大風雨
 廿八日廿九日朔日三日大ゆるみ暖和
 同二日 天気ニ成藤沢ニ而茂左衛門 茂右衛門
藤七 九兵衛 作之丞 重左衛門 甚左衛門
右七軒ニ而年頭酒馳走ニ成二夜泊帰ル
 
(○中略)
 
 五日 雨 夜雪 六日 雪 七日 天キ 八日 天キ 風寒 九日 快晴
此間中度々早駕籠南より北江通ル
 
(○中略)
 
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  学文始祝儀扣(ひかえ)
一酒壱升  倉沢道太郎
      同 桑次郎
一拾疋   小沢 保助
一拾疋   宇治 勇吉
一拾疋   宇治 数弥
一拾疋   倉沢 九助
一拾疋   宇治鍛之助
一拾疋   宇治 儀重
一拾疋   宇治常太郎
一拾疋   今井縫之助
一拾疋   富田忠太郎
一拾疋   田中千代松
一拾疋   萩原 佐市
一三拾疋  赤羽文十郎
一三拾疋  赤羽寿十郎
一糀壱枚  赤羽喜代太郎
一白米壱升 白鳥寿之助
一同壱升  白鳥 茂吉
一同壱升  田中 周弥
一升形弐枚 宇治 お勝
一拾疋   小野丑太郎
一拾疋   小野孫太郎
一拾疋   小野常次郎
 
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一拾疋   原 兵次郎
一拾疋   宇治 安市
一升形弐  竹沢喜十郎
一升形弐  中村類次郎
一同弐枚  竹沢長太郎
一拾疋   遠藤 友市
一拾疋   同  彦市
一拾疋   同  佐市
一餅    同 徳十郎
一餅    小沢徳太郎
一升形弐  小沢 佐市
一拾疋   小野おたか
一酒壱升  同 おりん
一酒壱升  小野おやゑ
一酒壱升  小沢彦太郎
一同壱升  小沢次郎吉
一金壱朱  宇治竹次郎
一金壱朱  田中 永弥
一金壱朱  田中 久吉
一拾疋   宇治 覚造
一拾疋   宇治実之助
一拾疋   遠藤八百吉
 
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一     小沢おゆう
一升形   小沢政太郎
初午二月四日山口より壱人入門
一当百弐枚 小野喜十郎
同日
一入門酒壱升  野竹 田市
二月八日
一入門銀壱朱  飯沢沖次郎
二月十日
一当百四枚入門 野竹兼十郎
二月十六日
一入門酒壱朱升柿三串添 遠藤 寿市
同日
一鮒焼串弐把  倉沢玉之助
〆五拾三人
正月二日
一升形弐枚   小野岩次郎

 
(○中略)
 
(二月)
 同十五日 上天キ 涅槃会 手習休 朝余寒川氷
 
(○中略)
 
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当正月
一慶長軍記三巻 かし  休戸 幸七殿
二月
一志道軒壱巻 かし  同所清兵衛殿息 岩次郎殿
正月中
一養生弁後編三巻 かし  同  三郎兵衛殿
旧冬より
一諸先生詩集壱巻  かし  竹や  慶之助殿
去夏分
一道歌集壱巻 かし  祭林寺和尚様
   達仙主東都江持参り候由
二月十二日
一金百疋 山口謡連四人礼  山長持参  酒出ス
十六日
一志道軒一冊 かし   今井氏江
 
(○中略)
 
 二月十七日 朝より曇り 雪あれ其内雪大降
遠方子供昼仕廻ニ致ス 素読ハ皆教申候
安明佐野一件二冊 かし  休戸 岩次郎殿
 
(○中略)
 
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(○上略)
 
 二月廿四日 朝曇 四ツ半時より天キ
秋葉山御祭り 昨夜役元ニ而惣日待
 今朝未明ニ下スワより高松様御供之勇士
廿壱人鉄炮鑓ニ而来り下町藤屋ヲ取巻
丈之助ヲ召捕候積御上意と呼はり鉄
炮を雨ノ如く打込抜身ノ鑓刀ニ而打入候処
丈之助ヲ始木村伸太郎丈吉鹿之助并ニ
女共皆々逃去申候故暫之間家さがし
天井板敷ヲ破り且丈之介雑物取調へ
丈吉スワより盗来候品々相改下町役場より
も焚出し出し役人衆よりも色々挨拶
いたし漸スワヘ昼頃引取帰り申候
誠珍しき大騒キ也 今日ハ右ニ付子供も
手習相休
 
(○中略)
 
 二月晦日 曇天 風寒天キ不定
手習子供日々無油断素読教へ申候
 
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(○上略)
 
 三月朔日天気快晴
 
(○中略)
 
今日ハ子供少々手習ニ来り昼仕廻ニ
いたし申候
昨夜京都岩倉様本山宿御止宿ニ而
今日塩尻宿御通行ニ付いな辺且横川
辺よりも女中子供抔(など)拝みニ参り通り申候
下モ町手習子供一切今日ハ参り不申候
定而拝みニ参り候哉
 
(○中略)
 
松島御陣屋太田様之御領五ヶ村之惣百
姓尾州様之御百姓ニ相成度旨ニ而
岩倉様御通行先へ願出夫故(それゆえ)昨日は
伊那より百姓衆村々男役ニ不残蓑笠ニ
而参り昨今共ニ大騒キ也 昨夕方ニハ余程
いなへ帰り当所ニも処々ニ泊り今昼頃迄ニ
 
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追々いなへ帰り申候 早舁も此間ハ
日々夜々通り昨夜も両度計り通り
世中騒々布事ニ候
 三月二日 快晴 朝夕余寒強シ
手習子供昼仕舞也
 
(○中略)
 
 三月三日節句 昨夜中雪少々荒
今日曇昼後雨降 夜中大雪
亭主塩尻泊ニ而早朝帰宅
仍相談三人共ニスワ迄不参
節句祝申候
一傘壱本かし返ル  宮木宿 よろづや
一柿五串      宮木 近江や
 節句祝義扣
一強飯    今井縫之助
一同     萩原佐市
一同     宇治竹二郎
一雛餅    上町 さかや
一同     同 蔦や
一同     はりまや
一強飯    権七殿内
一同     山や源三郎 
 
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一強飯    辰巳や
一雛餅    小野岩次郎
一同     荻原お忠
一当百壱   小野孫太郎
一同     倉沢道太郎
一同     雨沢祐吉
一同四拾八銅 小沢甫助
一同拾疋   倉沢桑二郎
一三十弐銅  小沢菊三郎
一当百壱   小沢彦太郎
一三十二銅  宇治 数弥
一当百壱   宇治 保市
一同壱枚   小野おたか
       同 おりん
一強飯    小野お八重
一四拾八銅  宇治駅之助
一四拾八銅  同 常太郎
一同     倉沢 九助
一当百壱   田中千代松
一三十二銅  小野常次郎
一強飯    原 兵次郎
一拾疋    宇治 覚蔵
一拾疋    宇治義十郎
一拾疋    田中 周弥
一拾疋    宇治実之助
一廿四銅   田中 永弥
 
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一同     同  久吉
一三拾二銅  小野丑太郎
一拾疋    白鳥寿之助
一拾疋    飯沢沖次郎
 三月四日 朝天気 昼より曇天
子供手習ニ来素読教手本認遣ス
 
(○中略)
 
一餅壱重  町ヤシキ こくや
一同沢山   中村類次郎
一当百壱枚  白鳥 茂吉
一四拾八銅  赤羽喜代太郎
一四拾八銅  赤羽文十郎
一四拾八銅  赤羽 年十
一同     遠藤 寿市
一餅     同  友市
       同  彦市
一餅     同  佐市
一餅     同 八百吉
一同     野竹 田市
一同     小沢次郎吉
一同     小沢政太郎
一同     小沢徳太郎
一同     小沢 佐市
一同     遠藤徳太郎
 
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 三月五日 曇天
岩倉様スワニ二夜御泊甲州江御越被遊候
高松様ニ附参候無頼之徒六拾人計
暫下諏訪ニ居其後樋橋へ引込居候所
此度下スワニ而頭取八人打首獄門ニ成
十三人計ト云中指ヲ切片小鬢ヲ被切刺候分七人余三日晒シ残
徒四十人余追放ニ被成候由承り申候
 
(○中略)
 
 三月六日 天気快晴 夕方荒雪クモリ
 
(○中略)
 
子供揃来素読教手本認遣ス
一雛餅   野竹 兼十
一包銭四拾八銅  宇治 お勝
 
(○中略)
 
 三月七日 天キ子供揃来教
 
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(○上略)
 
 三月九日 天キ 少暖
子供揃来上町休戸子供昼仕廻ニ致
 
(○中略)
 
 三月十一日 曇天
 
(○中略)
 
子供揃来素読不残済清書直
手本等認遣ス
昨日 一壱匁七分
 筆三本代かり
 内百文遣し置 金沢
 
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 三月十五日 天キ 風寒し
子供来習素読不残へ教不怠候
 
(○中略)
 
 三月十七日 天キ子供揃来教申候
下町子供昼より為遊十八日も遊ひ申候
 
(○中略)
 
 三月十八日白川様送り之下町衆被
帰同日豊田ニ而逢申候 折節酒始り
居候而同席致御酒御馳走ニ相成申候
此日上島竹ノ沢下雨沢村之観音
地蔵馬頭観音塔不残打倒シ
或ハ首抔打離シ川抔へ落シ申候由
下雨沢子供十九日朝手習ニ来り咄ス
 
(○中略)
 
 三月廿日 曇天 風寒 夕方雨夜少雪
 
(○中略)
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昨十九日夜中辻地蔵尊床バ側
念仏供養塔十王堂傍塔不残
祭林寺地蔵尊其外打倒シ頭をかき
塔を割倒有之 下ノ堂も千手
観音を微塵ニ致シ厨子もコハシ捨有之 又ハ
守留六地蔵塔ヲ打倒シ有之 前代
未聞之狼藉絶言語候事也
下ノ堂本尊之首ヲ打落し入ロノ塔ヲ打割倒
 三月廿一日 天気よし
子供大勢来素読不残教申候
 
(○中略)
 
 三月廿五日 上天気
 
(○中略)
 
昨夜又々辻地蔵尊打倒シ候よし
二度目也 祭林寺観音様も二度倒シ申候
誠ニ何者之業か悪心絶言語候 末ニ
如何あらんか
昨朝迄毎日素読無懈怠且惣子
供江毎日無油断手習出情為致申候
昨日より子供春夫銭(ぶせん:授業料のこと)百文ツ々寄
 
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(○上略)
 
子供少々天神様へ参り御神酒出ス
一弐朱    弐○手本書弐対
       壱八細筆弐対代〆
一弐朱ト壱匁 八五清書筆拾対
一八拾四文    真書細筆壱本代
一五匁三分    極上墨壱挺代
出金壱分弐朱遣シ八拾九文つり取勘定済
さかひや与市手習といや江始候迚(とて)向へ参祝酒給申候
 三月廿六日 快晴
一手習子供下町如何《ガ》休不参 外ハ
皆々揃参素読も不残教手本認
清書直しきげんよく返し申候
北方富やより京都神祇官之御触書
昨夜借り候而写置 右書付使之女江返し申候
 
(○中略)
 
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(○中略)
 
 三月廿七日 曇り候へ共天気持申候
 
(○中略)
 
一子供も昨日よりハ余分ニ参り素読
不残教申候 藤左衛門殿ニ被頼候
五人組帳写物出来今日政太郎ニ為持遣ス
 
(○中略)
 
 三月廿八日 雨天 昨夜より大ぶり無風穏
 同日夜中大風雨頻也
子供遠方不来教申候
下モ町吉島や江桜田一件書返ス
今般江戸より到来之書貸り帰ル
千代倉より前々大平記かり寄ル
 三月廿九日 朝雨降 昼前雨天
昼頃より追々天気 夕陽輝
今日も朝大降故遠方子供不参
少小人数ニ而習申候 素読教申候
一蒙求中下二巻 祭林禅寺より
拝借いたし申候
 三月卅日 晴天 大ニ暖和
今日こくや隠居八十八ノ祝客ニ被呼
終日遊ひ帰ル 下村又三郎入門盃
致ス 酒代玉子添来ル
 
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(○上略)
 
 三月卅日 天キ
子供揃来素読教手本認遣ス
 
(○中略)
 
一遠藤彦十殿
又三郎連来入門ニ付御酒出寛々遊被帰
拙ハこくや江参り夕方帰り申候
今夜中下町民三郎又々地蔵尊ヲ
倒シニ来り上町若キものニ被取巻逃
去り申候 尤(もっとも)こし物挑燈(ちょうちん)等取落シ逃
証拠と相成申候 夜中役人相談等
有之候 先当月も家内無事ニ送
光仕難 有めで度候
 
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 四月朔日 快晴 大吉日
手習子供揃来教申候 亭主
昨夜之一件ニ付役元相談ニ早朝より
出役申候
 
(○中略)
 
昨朝
一うど三本計持参呉申候 原兵次郎
 
(○中略)
 
 四月二日 快晴
一昨夕方塩尻へ歎願ニ亭主出役
泊居今以帰宅無之候
子供来手本認
一中折六帖求
内弐朱と壱貫弐百文
清水ばた治良右衛門殿同人老母江預ヶ置申候
 
(○中略)
 
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(○中略)
 
四月三日 雨天子供来終日教
 
(○中略)
 
 四月四日 曇天 折々時雨
亭主うらの田打
子供揃来素読不残教為習
手本認遣し申候 遠方子供ハ雨天
ゆへ昼後早仕廻ニ致し申候
 
(○中略)
 
 卯月五日 昨夜中降 又今日モ雨天
 
(○中略)
 
手習子供来素読不残教ル
下町鎮様宵祭り 下町子供
昼仕廻也
 
(○中略)
 
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(○上略)
 
 四月七日 曇 雨天ニ成
早朝より子供ニ素読教為習申候
俵や直治殿継蔵ニ手習又々願候と
頼ニ来り御酒出し申候
 
(○中略)
 
 四月八日 天気子供休日
 
(○中略)
 
 四月十一日 雨天 夜上り星みゆ
一酒壱升 小沢継蔵又々手習ニ入門来
 四月十二日 曇天 陽気さむし
今日ハ子供大勢揃来教へ素読不残
教申候
一酒壱升         辰之進手習ニ来
一大うど壱わ       宇治祐吉
一同うと弐本唐がらし少  千代松
一《ヘン》米          遠方子供荒々祝来
 
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(○中略)
 
天地ヲ経綸シ宇宙ヲ総統スル
者唯名義ヲ存スルヲ以也 一日是
ヲ廃スレハ天地傾倒万姓塗
炭ニ落ルコトヲ言ヲ待ズ 窃ニ見
ルニ名分廃滅今日ノ甚キ如キ
者アラズ 抑慶元以来圭運日
開ケ横目竪鼻ノ者五常ノ廃
スヘカラサルヲ知ラザル者ナシ保元ノ
乱 天子義朝ニ詔シテ父ヲ弑セ
シム 万世ノ下猶其肉ヲ噉ハンコトヲ
欲ス 王政ヲ過ツ是時ヨリ甚シキ
ハナシ 今日形勢何ヲ以テカ是ニ異
ナラン 今般衆諸侯ヲシテ徳川家
ヲ討シム 其一二ヲ挙レハ因州備前
ノ如キハ徳川内府ノ弟也 井伊
ノ如キハ徳川家ノ臣也 其他三百
年来徳川家江臣従スル者也
然ルニ弟ヲシテ兄ヲ討セシメ臣ヲシテ
 
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君ヲ弑セシム天下後世是ノ政ヲ何
トカ云ハン 義朝為義ヲ弑スル也
為義朝敵タルコト明白ナリ 然レトモ
猶《シバ》々哀訴シテ命ヲ請フニ至ル
況ヤ今万民ノ知処也 縦令真
勅ヨリ出ル共奉命スベカラズ 然ルヲ

天子幼冲姦臣権ヲ密ミ猥ニ
詔ニシ矯テ追討ノ命ヲ下タス 苟モ
人心アル者百諫千争シテ是ニ
継ニ死ヲ以テスヘシ 是 皇国ノ
大綱人臣ノ大義也 而ヲ狗鼠ノ
輩是大義ヲ知ラスシテ姦臣ノ
躯役ヲ受ケ東ニ向テ兵旗ヲ翻
サント欲ス 不義無恥是ヨリ甚シ
キハナシ 嗚呼当今天下文明ノ
道照々タル世ニ生レテ嘗テ一人モ之
ヲ諫メ争フ者ヲ聞ズ天日地ニ落
海内俄ニ冥々タリ 悲痛歎惜是
ヨリ甚シキハナシ 苟モ是ヲ知ル者ハ
志ヲ立テ速ニ義兵ヲ挙君側ノ
悪ヲ誅シ名分ヲ正シ万世ノ後ヲ
シテ今ノ保元ヲ見ルカ如クナラザラ
シムルコト今日人臣ノ節之ニ過ル者
 
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アランヤ 然ラズシテ甘ニシテ賊ノ駆
役ヲ受スル者ハ己レ不義ニ陥ルノミ
ナラス 天朝ヲシテ不義ニ陥ラシメ
四海万国ニ対シ
皇国ノ大名ヲ汚サシムルニ至ル 其
罪挙ケテ数フヘカラズ 庶幾ハ気節
ノ士ノ之ヲ四方ニ伝ヘテ天下ノ義
気ヲ鼓舞作興シテ綱常ヲ
維セン
此文何れの述作なるや一応至極
尤ニ相聞ゆれ共其本乱れて末
治らさるの教の如し 只その始に
神祖の掟を空しく変革して
今に至る事返/\も遺憾多き
事ならすや
 何事もはしめに正しからされは
終に思へとせんすへはなし
 
(○中略)
 
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 四月十三日 快晴
 
(○中略)
 
子供来り習 古参ハ最早農業
閙敷(さわがしく)成候哉余程参り不申候
一酒壱升入門 くら沢すみよ
佐太夫殿連被参目出度盃いたし候
 
(○中略)
 
 四月十五日 天キ アサクモリ 追々天気
手習子供へ無懈怠教申候
 
(○中略)
 
 四月十六日 快晴
子供大勢来素読不残教手本認
一酒壱升やき串壱把 入門 宇治お鶴
一酒壱升 入門      宇治五作
 
(○中略)
 
一西山遺事     氏倉 佐一右衛門殿
 
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       かし
一風俗文選一巻 かし  竹や 啓之介殿 使丑二郎
 
(○中略)
 
一家公壱代記一巻 かし  椿斎老へ
 四月十七日 快晴 子供少々来
素読教手本認遣ス
 
(○中略)
 
当春より之御変革或ハ軍等有之
世間不穏例年之 御
勅使御下向無之由 日光ニ而当日之
御祭礼如何有之候哉 無勿体御事也
 
(○中略)
 
 四月十八日 快晴 暑気催
大勢揃来手習いたし素読
不残教手本皆々江認遣し申候
 
(○中略)
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 四月十九日 快晴 暑気催
 
(○中略)
 
子供大勢揃来素読出情為致申候
 四月廿日 天キよし
日々手習子供へ無懈怠出情
教へ申候 亭主およし日々農事勤
 四月廿一日 曇 終日大風吹
今日暮方よりふり出し夜中大降
子供来素読教手本等認
 四月廿二日 終日雨天大ぶり 夜中ニ晴
大ぶり故子供少々来習申候
 
(○中略)
 
慶之介殿より奇人伝一冊かり
今日伊達記五巻善左衛門殿へ返脚(却、以下同ジ)
礼状付使辰之進ニ為持遣ス
 
(○中略)
 
 四月廿四日 天気 少曇天
 
(○中略)
 
今日ハ子供少々来習申候
 
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(○中略)
 
 四月廿五日 天キ
 
(○中略)
 
同日昼時過初登山有之盃済シ跡寛々
酒宴 江戸屋島屋退出被帰申侯
 四月廿五日 天キ
一酒壱升干鱈弐枚  宇治秀之助
同日
一五拾疋酒肴料   宇治 弁弥
右入門祝義目出度受納いたし候
 
(○中略)
 
 四月廿六日 昨夜中雨ふり
今朝も雨天 昼前より雨止み候へ共曇天
子供来素読教手本認遣ス
 
(○中略)
 
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(○中略)
 
 四月廿七日 終日大雨 所々川大水出申候
大雨ニ付遠方子供不参候へ共三十人
計来り習教へ申候
 
(○中略)
 
 四月廿九日 晴天 大快晴ニ成夕陽輝
亭主およし田仕事ニ出勤申候
手習子供今日ハ少々拾五六人計来り
習申素読等教へ申侯
 
(○中略)
 
今朝千代倉江前々太平記返し申候
都合一より十五迄〆十四巻也使祐吉
伊達騒動記壱巻原勘江返脚
使類治郎ニ為持遣ス
 
(○中略)
 
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当月も家内打揃息才(災)ニ罷在
当月ハ手習門人相増追々登山
有之大ニ繁昌ニ而誠目出度悦入候
御先祖之御蔭と難有奉存候 以上
 閏四月朔日 天気快晴
 
(○中略)
 
手習子供五六人参り素読等
おしへ申候
 
(○中略)
 
朔日
一壱貫弐百廿四文
 清書筆拾対細筆弐対代払 江州筆屋
一祝儀筆壱本  倉沢住よ
一同断     宇治お鶴
右祝ヒ遣ス
 
(○中略)
 
 閏四月二日 快晴 薄暑催
 
(○中略)
 
手習子供五人計来り申候
 
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五作弁弥へ祝義筆遣申候
今日ハ追々来九人計ニ候へ共終日世話致
清書為認皆相応ニ書不残上ケ遣ス
 四月三日 天キ 大風吹込寒し 少曇 夕方雨
惣左衛門殿来裏椽(たるき)拵へ申候
子供拾壱人来習素読教申候
一筆壱本祝遣ス  秀之助
一同断      竹次郎
 
(○中略)
 
 四月四日 昨夜中大降 北風 雨天昼前ニ止
手習子供十人計来女子供二人来
教申候 今日ハ惣左衛門殿雨故休申候
一筆壱本祝遣ス  宇治おつる
是迄〆七人江呉申候
 
(○中略)
 
 四月五日 上天気
 
(○中略)
 
子供少々来手本認遣ス
 
(○中略)
 
 四月七日 天キよし
義士伝写し始申候
 
(○中略)
 
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(○中略)
 
 四月十日 上天キ
今日昼前迄下モ町子供少々ツ々毎日来
習ひ申候
 
(○中略)
 
 同十六日 快晴 上天気
 
(○中略)
 
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(○上略)
 
同日 十六日
一中折三状
内一帖ハ厚紙
壱状代三百三拾六文
内六百文預ケ置
 清水ばた
治郎右衛門殿
 
(○中略)
 
 閏四月十七日 快晴
亭主およし田ノうなひ返いたし候
并畔草かり
義士伝写し申候
十五日分
一弐拾七文 中折三枚代払 かめやへ
狂歌ゑ入本さかや江返し申候
尤よめどのへ
 
(○中略)
 
 閏四月十八日 昨夕方より夜中大雨
夜明方風つよし 南風吹込
今日日雇大沢山ニ而草刈早仕廻也
義士伝実記五ノ巻迄今昼少後迄ニ
写仕廻申候 今日ハ終日雨無小止降申候
 同十九日 快晴 上天キ
 
(○中略)
 
一弓張月十二冊 いづみや江かし
 
(○中略)
 
  (改頁)      画像40
 
(○中略)
 
 閏四月廿四日 大上天気 風吹
 
(○中略)
 
義士伝実記一より八迄〆八冊
中亀や江持参返ス
伊達記二巻義士伝壱ノ巻〆三冊
休戸三郎兵衛殿江持参返し申候
 
(○中略)
 
 閏廿七日 大雨降 終日雨天
義士伝実記十ノ巻迄写仕廻申候
 閏四月廿八日 天気よし 夕七ツ時より雨ふり
 
  (改頁)      画像41
 
(○上略)
 
義士伝九十二巻持参返ス 中亀や忠次殿
 閏四月廿九日 終日雨天大降
後北風也川々大水也
南風ニ而吹込つよく誠ニ大ぶり也
終日何も不致時々本など見て
間ニハ寐てくらし申候
 
(○中略)
 
当月も
無事ニ家内中達者ニ暮
めで度候
 五月朔日 天気ニ成 又々昼より雨降
奇人伝下白永ニ返シ上ノ巻と小壱冊
かり暫咄しかへる
 
(○中略)
 
 五月四日 朝やけ天気 ハツ半時より雨ふり
南風吹込
北小野両社参詣仕候
一為朝弓張月十二冊今日持参
返し申候
   古田〓江
 
一畸人伝一  竹や慶之助殿
慶之助殿作小本一返脚
 
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 五月四日
一中折中印弐帖代かり
 八月六日済
清水ばた次郎右衛門殿
蚕こじりかへいたし候
 五月五日 昨夜中より大雨 南風吹
子分之所并手習子供中包銭寄賃
粽(ちまき)等節句貰申候
 
(○中略)
 
 五月七日 終日雨天 昨夜中大雨
今朝駒沢江忌中払ニ被呼参り申候
昼後堺屋へ被頼心経千巻よみ祈〓
 
(○中略)
 
  (改頁)      画像43
 
 十二日 十三日 十四日 十五日 十六日 昼前迄毎日
雨ふり 南風或ハ北風吹
 
(○中略)
 
義士伝今日迄ニ不残写仕廻申候
 
(○中略)
 
 五月十七日 雨不降 空一面曇天
今日早駕籠北方江壱人通り申候
一義士伝十一十二返ス  中かめや
右ニ而不残返脚       忠次殿
一小冊五冊   沢屋へ返ス
関東軍一件書
子供九人下町揃手習ニ来よみ物
おしへ手本認遣ス
 五月十八日 曇天 昼後雨ふり暫ニ而止
 
(○中略)
 
一祝義筆壱本ツ々呉 おりん おやえ
一同壱本呉  五作
右仕付田うへ前ニ呉申候
 
(○下略)
 
 
 
 
(○表見返)
 四月廿二日
一鶯菜貰申候 原兵次郎
世の中は大乱れにそ成にける扠此のちは何となるらん
異国の入込しより日の本の暮しかねぬる世とそ成ける
一旦之立身如大雨之潦久不保
門人江教方日々無懈怠可成丈直ニ出情為励真実ニ導誨専要也
老当益盛朝夕養元気
日々にさもなき事を明暮にしるし置のものちの楽しみ
是からは何とも角とも思はすにあるへか々りに日を送らなん
老ぬれは怠りかちになり行て少しのわさも出来かねそする
弓取の矢まとの教打忘れほら鉄炮て山いくさする
大将の多き軍は法令も定りかねて敗軍となる
 
 
 
 
 
 
(注1)1796-1869(70歳)農。亀春の子、15歳で亀春の代役をつとめ、多くの弟子を育てた(『辰野町誌』)