NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

5.繁盛記、社史、産業の記録

■株式会社第十九銀行ト製糸業 [ルビ注記] 

株式会社 第十九銀行卜製糸業      画像1
 
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緒 言
生糸ハ本邦輸出品ノ最高位ヲ占ムル重要物産ニシテ吾
信州ハ実ニ其輸出額ノ三分一強ヲ産出スル工業地ナリ
而シテ吾第十九銀行ハ信州ノ製糸業ニ向テ殆(ほと)ント全力
ヲ傾注シテ之カ資金ヲ供給スルノ位置ニ立テリ故ニ人
ノ本行ノ営業景況ヲ問フモノアレハ先ツ製糸資金ノ繁
閑ヲ以テ之ニ答ヘサルヲ得ス而モ製糸資金ノ需給及ヒ
事業経営ノ状態ハ頗ル複雑ナルモノアリテ関係業者以
外ハ往々之ヲ解スルニ苦シマスンハアラス本行ハ取引
アル同業者又ハ其他ノモノヨリ之カ質問ニ逢着(ほうちゃく)スルコ
 
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卜《シバ》々(しばしば)ナルモ座談口話ハ能(よ)ク秩序アル説明ヲ与へ難キ
カ故ニ茲ニ本行対製糸業ノ関係ノ概要卜傍ラ参考トス
ヘキ事項トヲ略叙シテ之ヲ剞《ケツ》(:はん彫り)ニ附シ以テ謄写ノ労ニ
代へ以テ口述ノ煩ヲ省キ敢テ左右ニ呈シテ一読ノ栄ヲ
賜ハンコトヲ希(こいねが)フト云爾
 明治三十九年六月一日
 
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株式会社第十九銀行ト製糸業
 
  目  次
株式会社第十九銀行ノ略歴史…………………………………………………一
蚕業界ニ於ケル信州ノ地位……………………………………………………六
 第一表 産繭額十箇年比較表………………………………………………七
 第二表 明治三十八年府県別産繭額表……………………………………九
 第三表 生糸入荷十箇年比較表……………………………………………一二
 第四表 明治三十八年府県別生糸入荷表…………………………………一三
 第五表 病毒検査合格蚕種表………………………………………………一五
本行取引地ノ信州ニ於ケル地位………………………………………………一六
 第六表 信州器械生糸九箇年間産出比較表………………………………一六
 
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 第七表 長野県郡別器械製糸産出表………………………………………一七
 第八表 最近五箇年間諏訪郡生糸産額表…………………………………一八
 第九表 主トシテ第十九銀行卜取引製糸家一覧表………………………一九
第十九銀行ノ五箇年間発達状況………………………………………………二〇
 第十表 第十九銀行営業報告書摘要………………………………………二一
製糸ハ危険ナル営業ナリヤ……………………………………………………二一
 第十一表 明治三十八年月別生糸入荷表…………………………………二四
 第十二表 最近六箇年間各市場生糸平均相場……………………………二六
製糸資金…………………………………………………………………………二九
附製糸費用………………………………………………………………………三三
 第十三表 最近数年間工費一覧……………………………………………三四
 第十四表 屑物蛹代金表……………………………………………………三六
 
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株式会社第十九銀行卜製糸業
    ○株式会社第十九銀行ノ略歴史
株式会社第十九銀行ハ今ヲ去ルコト三十年以前明治十年十一月第十九国立
銀行ノ名ヲ以テ信州上田町ニ開業シタリ当時上田町ハ朱判稀無双等ノ名称
ヲ以テ座繰生糸(提糸)ヲ横浜ニ輸出シ其名全国ニ嘖々(さくさく:もてはやしほめること)タルノ時代ナリシ
カハ放資オノツカラ生糸ニ向ヒ従テ此事業ノ実状ニ通シ其盛衰ニ喜憂スル
ニ至リ器械製糸ノ諏訪郡ニ起ルヤ遠ク十七八里ヲ隔テ交通便ナラス加フル
ニ其間和田嶺ノ険路アルニ拘ハラス進ンテ之レカ資金供給ノ任ニ当リ運送
保険ノ途ヲ開ク等(当時運送保険ノ業未タ起ラス且安ンシテ貴重ノ貨物ヲ
託スヘキ運送店ナキニ依リ身元確実ナル運送業者ヲ導キテ之ニ荷為替生糸
ヲ運搬セシメ傍ラ保険ノ業ヲ兼ネシメタリ)斯業発達ノ為メ尽ス所尠(すくな)カラ
 
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サリシモ当業者往々ニシテ挫折失敗ヲ重ネ加フルニ明治十七八年経済界ノ
非運ニ際会シ本行亦深甚ノ痩痍(そうい)ヲ被リ殆ント資産ノ半ヲ失フニ至レリ茲ニ
於テ取締役黒沢鷹次郎蹶起(けっき)頭取ノ任ニ当リ内専ラ整理ニ努メ外信用ノ回復
ヲ謀リ深ク資金濫貸ノ弊ニ鑑ミテ安全ナル投資ノ方法ヲ案シ事業家ノ性行
閲歴乃至方針ノ適否資力ノ厚薄ヲ審カニシ拮据経営ノ効空シカラス爾来製
糸業ノ進歩卜共ニ幸ニ蹉跌(さてつ:失敗する)スルコトナク行運益々発展シ以テ今日ノ盛ヲ見
ルニ至レリ左ニ本行発達ノ梗概(こうがい:あらまし)ヲ記ス
 明治十年六月十五日  第十九国立銀行設立免許
 同 年十一月八日  開業資本金拾万円全額払込済
 同 十一年三月十一日認可  資本金五万円ヲ増シ拾五万円トス
 同 年九月一日  東京支店ヲ設ク
 同 十三年ニ月ニ十一日認可  資本金更ニ五万円ヲ増シテ二拾万円
 
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  トス
 同 年六月一日  長野支店ヲ設ク
 同 十四年以後  諏訪支店設置マテ毎年(六月ヨリ十二月マテ)行
  員ヲ諏訪郡ニ出張セシム
 同 二十年一月十六日  取締役黒沢鷹次郎頭取ニ就職
 同 三十年三月一日  営業満期前継続シテ株式会社第十九銀行卜改称シ同時ニ積立
  金弐拾五万円ヲ株金ニ振替ヘテ資本金四拾五万円ト
  シ更ニ新株拾五万円ヲ募リ総資本金ヲ六拾万円払込済トス
 同 年四月一日  諏訪支店ヲ設ク
 同 三十二年十二月三十日  新株拾万円ヲ募リ資本金七拾万円払込
  済トス
 同 三十三年四月一日  株式会社信濃貯金銀行ヲ合併シ新株五万円
 
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  ヲ増シテ七拾五万円払込済トシ更ニ新株七拾五万円ヲ募リ其四分ノ
  一ヲ払込ミ以テ総資本金百五拾万円払込金九拾参万七千五百円トス
 同 三十四年十二月二十二日 野沢倉庫株式会社ヲ買収シ同地ニ野
  沢支店ヲ設ク
而シテ本年一月ニ於ケル本行ノ状態左ノ如シ
 資本金百五拾万円 払込高九拾参万七千五百円[一万五千株全額払込一万五千株四分ノ一払込〕
 準備金即法定積立金拾五万干円
 特別準備金[配当平準及毎期繰越〕参拾万五千七百弐拾五円五拾五銭
  右二口ノ準備金ハ総テ明治三十年三月継続以後ノ積立ニ係ル
 未払込株金五拾六万弐千五百円ハ近キ将来ニ於テ払込ヲ了ルヘキ見込
 ヲ以テ本年ノ養蚕及秋収ノ豊凶ニ依リ三分ノ一乃至二分ノ一ヲ払込ム
 ヘキ予定ナリ
 
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 頭   取  黒沢鷹次郎 創立以来取締役ニシテ明治二十年一月頭取ニ就任
 常務取締役  飯島保作  明治二二十三年一月取締役兼支配人中山彦輔死亡ニ付襲任
 同      箕輪五助  明治二十九年副支配人ニ任シ三十二年八月支配人トナリ三十六年一月取締役阿部万五郎死亡ニ付補欠就任
 取締役    辰野基   明治二十九年一月取締役倉石吉左衛門退任ニ付補欠就任
 同      片倉佐一  明治三十年一月継続ニ際シ就任
 監査役    茂木保平  同年監査役創設ノ際就任
 同      小口善重  同 上
 同      児玉彦助  同上ノ監査役藤本善右衛門死亡ニ付三十九年一月補欠就任
 支店 東京 長野 諏訪 野沢
抑モ信州ノ地タル普通農業及養蚕業ノ外造林、鉱山、蚕種、織物其他各種
ノ工業亦之レ無キニ非ルモ尤モ資金ノ大活動ヲ要スルモノ独リ製糸工業ノ
在ル有リ本行ハ養蚕肥料等ニ多少ノ放資ヲ為スモ需要ノ額素ヨリ大ナラス
 
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商業マタ著シキ隆盛ヲ見サルヲ以テ常ニ諸貸金ノ固滞ヲ避クルニ務ムル本
行ノ資金ハオノツカラ製糸工業ニ傾注セラレサルヲ得ス製糸工業ノ発達隆
盛ヲ加フルニ伴ヒ本行営業ノ進運ヲ見ルモノ蓋シ当然ノ勢ナリト云フヘシ
而シテ曩時(のうじ:以前)提糸時代ニ在リテハ現時ノ福島卜同シク之ヲ買収シテ各地へ輸
出スル商人ノ貸出ニ止マリ投機思惑売買ノ流行生糸相場ノ激変等ニ依リ放
資頗ル不安固ノ状態ナリシニ反シ今ヤ概ネ生糸製造家ヘノ放資卜変シ座繰
生糸モ亦漸次生産組合ノ組織トナリ上州座繰ニ合同シ或ハ上州座繰ノ販売
方法ニ傚フヲ以テ現今ニ於ケル本行生糸資金ハ尽ク製糸工業家ニ向テ投セ
ラレ取引亦安固ヲ加へ来リシハ後掲各項ニ就テ之ヲ知ルヲ得ヘシ
    ○蚕業界ニ於ケル信州ノ地位
養蚕ノ国富ニ重要視セラルヽハ云フ迄モナシ従テ其沿革ヲ調査スルハ頗ル
興味アリト雖モ茲ニハ煩雑ヲ避ケ最近五年若クハ十年間ニ於ケル発達ノ梗
 
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概ヲ略叙スルヲ以テ満足スヘシ
養蚕ノ事タル素農業ノ一部ニ属シ其豊凶ハ自然ノ天候ニ支配セラルヽカ故
ニ桑ノ作付段別ハ年々増加ノ一方ナルニ拘ハラス収繭必スシモ之ニ伴フ能
ハサルハ止ヲ得サル所ニシテ桑葉已ニ豊凶アルカ上蚕児亦強弱ヲ異ニスル
ヲ以テ桑園、収繭、製糸、ハ其量常ニ平行スルヲ得ス然レトモ大勢ハ駿々増
加ノ傾向アルコト疑ナキ所ニシテ殊ニ春蚕ニ於ケルヨリモ夏秋蚕ニ於テ著
シク増加スルヲ見ル左ニ横浜市生糸売込業原合名会社編纂ノ「明治三十八
年横浜生糸貿易概況」ヨリ数種ノ統計ヲ摘録シテ事実ヲ示スヘシ(夏蚕卜
云ヒ秋蚕卜云フ何レモ二化性蚕種ニシテ素差別アルニ非ス甲地ノ秋蚕卜乙
地ノ夏蚕卜同種同時期ニシテ只其地方ニ於ケル産出ノ早晩又ハ給桑ノ種類
ニ依リテ称呼ヲ異ニスルモノアリ依テ之ヲ合セテ夏秋蚕トシテ計上ス)
第一表  産繭額十箇年比較表 (p 八一)
【表は原本ビューワ参照】
 
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夏秋繭ハ品質春繭ニ及ハス多ク之ヲ飼育スルハ生糸ノ信用ヲ傷ケ桑樹ヲ害
スルノ虞(おそれ)アリトナシ官人主トシテ之レカ防遏(ぼうあつ:防ぎとどめる)ニ努メタリシカ当業者ノ傾向
ハ反テ上記ノ如シ蓋シ(一)霜害ノ為メ春蚕ニ給スヘキ桑樹ノ培養ニ適セサル
 
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地方アルコト(二)麦ノ刈入稲ノ植付春蚕飼育ノ時期卜衝突スル地方アルコ卜
(三)蚕室、蚕具、労カ共ニ春夏秋ノ二回若クハ三回ニ連続使用スルノ利アル
コト(四)一度ヒ春蚕ニ給シタル桑樹ヲ以テ秋期再ヒ桑葉ヲ得ルノ利アルコト
(五)桑園ノ過不足ヲ彼是流用融通スルノ便アルコト(六)掃立ヨリ上簇ニ至ルノ
時開春蚕ヨリ短キコト(七)桑葉ノ発育シタル後掃立ツルカ故ニ同面積ノ桑園
ヲ以テ比較的多クノ収繭アルコ卜等重ナル原因ニシテ養蚕術并ニ蚕種製造
術ノ熟練ハ違蚕多カリシ夏秋蚕ヲシテ漸次春蚕卜同シク或程度マテ人工ヲ
以テ天然ニ対抗シ得ルニ至リシコト最モ有力ナル原因卜認ムヘキカ如シ次
ニ全国中産繭額ノ多キハ何レノ地方ナリヤ試ミニ五万石以上ヲ産スル府県
ヲ左ニ示ス
 
第二表  明治三十八年府県別繭産額表 (p 七七)
【表は原本ビューワ参照】
 
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 参考 明治三十五年長野県第二十統計書ニ依レハ同年度長野県ノ産繭額春繭二十万六
  千三百六十六石夏秋繭二十一万九千九百六石合計四十二万六千二百七十二石ニシテ数
  年来順次増加ノ傾向ナルニ本表載スル所長野県産繭ハ爾後三年ヲ経タル三十八年度ニ
  於テ春繭十八万五千余石夏秋繭十三万二千余石合計三十一万七千余石ニ過キス反テ、一
  割六分余ヲ減スル奇観アリ殊ニ夏秋繭ノ春繭ニ対スル比例《テン》倒(てんとう)セルカ如キ統計ノ信ス
  ヘカラサルヲ証ス然レトモ他ニ拠ルヘキ参考書ナキヲ以テ暫ク本表ヲ引用ス
上記ノ産繭ニハ玉繭屑繭出殼繭等ヲ含ミ而モ統計素ヨリ正確ヲ期スヘカラ
サルカ故ニ果シテ幾何ノ生糸ヲ製シ得へキヤ知リ難シト雖モ今日ノ大勢ハ
比較的品位優良ニシテ繊度均一ナルモノハ外国輸出トシテ横浜ニ輸送セラ
レ然ラサルモノハ国用トシテ内地ニ消費セラル故ニ横浜ノ入荷高ハ依テ以
テ製糸ノ大勢ヲ卜(うらな)フニ余リアルヘシ
 
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第三表  生糸入荷十箇年比較表(p 七六)
【表は原本ビューワ参照】
 
之ヲ第一表ニ対比シテ繭ノ生産額卜生糸ノ横浜入荷高卜併行セサルハ内地
消費高ノ増減ニ基クモノニシテ毫モ怪ムニ足ラスト雖モ独リ器械製糸ノ入
 
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荷高逐年著シキ進歩ヲ見ルハ注目スヘキ点ナリトス而シテ生糸ノ製出ハ何
レノ地方ニ於テ最モ盛ンナリヤ請フ次表ヲ見ヨ
 
第四表  明治三十八年府県別生糸入荷表 附比較 (p 七二)
【表は原本ビューワ参照】
 
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養蚕及製糸国トシテノ信州ハ前表掲クル処ノ如ク繭ノ産出ニ於テ全国総産
繭高ノ一割二分ニ当リ生糸ニ於テハ三割四分ヲ占メ器械製糸ニ在テハ実ニ
四割一分ノ多キニ居ルノミナラス更ニ蚕種ノ供給地トシテ左ノ位置ニ在リ
 明治三十四年六月農商務省編纂「第二次輸出重要品要覧」蚕糸ノ部摘録
 
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第五表 病毒検査合格蚕種表 (p 八一)
【表は原本ビューワ参照】
 
  参考 製糸用夏秋蚕種ハ恐クハ二十二万余ノ誤リナルヘシ
 
蚕種製造ノ高全国ニ冠タルノミナラス病毒ノ少ナキコト亦比ナキヲ見ルヘ
ク蚕業界ニ卓越優秀セル信州ノ地位真ニ明白ナリト云フヘシ
 
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   ○本行取引地ノ信州ニ於ケル地位
蚕業界ニ於ケル信州ノ地位ハ前章述フル処ノ如クニシテ信州ノ生糸ハ重ニ
器械製糸ニ係リ座繰ハ百分ノ五乃至七ニ過キサルヲ以テ煩雑ヲ避ケ単ニ器
械製糸ニ就テ長野県第二十統計書(P一五五)以後同県ノ調査ニ依リ盛衰ノ
一班ヲ窺フヘシ
 
第六表  信州器械生糸九箇年間産出比較表
【表は原本ビューワ参照】
 
 参考 本表釜敷ハ正確ニ近キモ生糸ノ産出額二至テハ営業者往々ニシテ実際ノ製糸高ヨ
    リ少ナク報告スルノ傾キアリ現ニ第四表三十八年度ニ於ケル長野県器械製糸ノ横
    浜入荷高ハ一個九貫目トシテ四十四万三千三百四十貫目ニシテ此外羽二重原料其
    他国用トシテ横浜以外ニ販売シタルモノ少ナカラサレハ実際ノ製造高遙カニ前表
    ニ超過スルハ争フヘカフス
 
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而シテ本行ノ製糸資金ヲ供給スルハ諏訪、上下伊那(以上三郡ハ諏訪支店ノ
取引)小県(本店取引)ノ四郡ヲ主トシ埴科(長野支店取引)南佐久(野沢支店
取引)東西筑摩(諏訪支店取引)四郡ノ一部トス今試ミニ主タル四郡ヲ一区
トシテ信州ニ於ケル此区域ノ地位如何ヲ見ン与
 
第七表  長野県郡別器械製糸産出表  長野県統計書
【表は原本ビューワ参照】
 
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四郡区(諏訪上下伊那及小県ノ四郡)ノ進歩驚クヘク殊ニ百分比ニ於テ釡数ハ百六十六(三
十八年)ナルニ産額ハ二百〇四ニ上リ一釡製出高百二十三ニ達スルハ四郡
区多産ノ傾向ヲ証スルニ余リアリト云フヘシ就中諏訪郡製糸家ノ発達頗ル
急速ニシテ自郡ニ於テ事業ヲ拡張スルヲ以テ足レリトセス近クハ県下ノ小
県東筑摩下伊那諸郡ヨリ群馬埼玉東京ニ至リ遠クハ干葉茨城ヨリ奈良宮城
ニ至ルマテ連年其分工場ヲ新設シツヽアリ本行カ特ニ生糸同業組合及各戸
ニ就キ親シク調査シタル諏訪郡ノ状況ヲ左ニ示ス
 
第八表  最近五箇年間諏訪郡生糸産額表  (同業組合調査)
【表は原本ビューワ参照】
 
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此表ニ依レハ当郡ノ製糸ハ逐年其釜数及産額ヲ増加シ昨三十八年ニハ第四
表示ス処ノ横浜入荷信州器械生糸四万九千二百六十個ノ正ニ半額ヲ出スニ
至リタルノミナラス事業ノ功程ヲモ増加シツヽアルヲ見ル若シ夫レ当郡製
糸家ニシテ他郡乃至他府県ニ有スル分工場ノ総釜数概算五千釜製糸一万余
梱ヲ之ニ加フルニ於テハ其産額其功程ノ増加一層著シキモノアルヘシト雖
モ今俄カニ正確ナル統計ヲ得難キヲ憾(うら)ミトス更ニ主トシテ本行卜取引ヲナ
ス製糸家ノ五年以前卜昨三十八年トノ比較ヲ示スヘシ
 
第九表  主トシテ第十九銀行卜取引スル製糸家一覧表
【表は原本ビューワ参照】
 
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本表以外単ニ荷為替ヲ取組ミ又ハ繭ヲ質トシテ貸金ヲナスモノ亦少ナカラ
ス三十八年米国輸出ノ平均価ヲ以テ(第十二表)同年度ノ製糸高ヲ評価スレ
ハ代金弐千壱百万円以上ニシテ自己ノ有スル資本及問屋ノ借入金以外ノ資
金ノ大部分ハ(敢テ全部卜云ハス)実ニ本行ノ供給ニ待ツモノナリ
    ○第十九銀行ノ五箇年間発達状況
経済界ノ発達ニ伴フテ銀行業ノ進歩スルハ固ヨリ当然ノ勢ナリト雖モ本行
取引ノ製糸業ハ前章述フルカ如キ勢ナルヲ以テ之ニ資金ヲ供給スル本行ノ
営業亦オノツカラ進歩ノ速ナルヲ見ル今営業報告書中五ヶ年以前卜昨三十
八年トヲ対照シテ重ナル勘定ヲ摘録ス
 
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第十表  第十九銀行営業報告書摘要
【表は原本ビューワ参照】
 
取引金額ノ此ク膨脹スルニ関ラス利益金ノ増加割合之ニ伴ハサルノ感アルハ交通ノ便進ムニ従テ
利率自カラ中央市塲ニ接近シ且製糸家ノ信用増加スルニ従テ利率低落スルノ傾キアルカ為ナリ
    ○製糸ハ危険ナル営業ナリヤ
 
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製糸業ノ未タ幼稚ナリシ時代ニ在テハ当業者ノ挫折倒産相続キタルヲ以テ
世人ハ極メテ危険ナル事業ナリト速断シ投機卜同視シテ共ニ歯スルヲモ屑(いさぎよ)
シトセサルコトアリキ蓋シ当業者ノ不謹慎ナル内ニハ繰糸ノ拙劣費用ノ濫
出ニ注意セス外ニハ奢侈品ノ常トシテ市価ニ暴騰暴落ヲ来スカ上ニ金銀比
価ノ変動ヲ被リ工業家トシテ着実ナル地歩ヲ占ムル能ハサリシニ因ル惟フ
ニ新事業ノ創始ニ方リテハ独リ製糸業ノミ危険ナルニ非ラス鉱山卜云ヒ紡
績卜云ヒ製紙卜云ヒ万般ノ事業概ネ其揆ヲ一ニスルヲ見ル而モ世ノ需用ニ
適合スル事業ハ年卜共ニ発達進歩シ根底従テ牢固ヲ加フヘキハ当然ノ径路
ニシテ本業亦然ラサルヲ得ス即チ左ニ二三ノ要項ヲ列記シテ製糸事業ノ輓
近著シク危険ノ程度ヲ減シ安全ノ地位ニ移リツヽアルコトヲ示スヘシ
(一)原料仕入ノ区域ヲ拡大シタル事  事業ノ未タ進マサル時代ニ在テハ一
ノ製糸場ハ僅カニ二三十釡乃至五六十釡ノ規摸ニシテ一ケ年ノ所要繭二三
 
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十石乃至五六十石ニ過キス加フルニ運輸交通ノ不便ナルカ為メ遠ク繭ノ産
地ニ原料ヲ買収スル能ハス僅ニ附近十数里ノ間ニ於テ而カモ春蚕成繭ノ期
間十数日間ニ於テ全年所要ノ原料ヲ買収スルヲ以テ終歳(しゅうさい:一年中)ノ運命ハ此短時日
ノ間ニ決定セラレタリ然ルニ輓近(ばんきん:最近)製糸家ノ事業益々拡張セラレ百釡乃至五
百釡ノ間ニ在ルモノ最モ多ク一ケ年ノ所要繭千石乃至一万石ニ至リ片倉組
ノ如キハ自己ニ二千二百釜ヲ有スルノ外臨時ニ他人ノ工場ヲ借用シ最近一
ヶ年間(自三十八年六月至三十九年五月)実ニ五千五百余梱ノ生糸ヲ製スト称セラル此原料繭
約五万五干石余代金凡ソ弐百五拾余万円ヲ要スヘシ形勢如此加フルニ交通
ノ便益々発達スルヲ以テ苟クモ産繭アルノ地信州製糸家ノ足跡至ラサル所
ナク彼レ等ノ或モノハ曽テ支那内地ニ深入シテ外繭輪人ヲ企テシコトサヘ
アリキ
(二)原料仕入ノ時期ヲ延長シタル事  仕入区域ノ拡大シタル外夏秋蚕ノ発
 
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達第一表示ス所ノ如キヲ以テ原料仕入ノ時期ハ五月下旬関西及豆相参遠(注1)ノ
春蚕ニ始マリ十月上旬奥羽(注2)、上信(注3)ノ秋蚕ニ終ルマテ百四十日ノ間原料ヲ仕
入ルヽカ故ニ糸価ノ高低ニ応シテ繭価ヲ上下スルヲ得ルコト又曩日(のうじつ:往時)ノ比ニ
アラス殊ニ仕入ノ期節ハ製糸ノ盛期ニシテ周歳(しゅうさい:まる一年)製出ノ約半額ハ此仕入期節
ニ於テ横浜ニ輸送セラルヽコト左表ニ示スカ如ク而モ市場ニシテ順調ナル
限リハ入荷ニ従テ売了スルヲ以テ代価ノ確定シタル原料ヲ抱テ代金不確定
ノ生糸ヲ製スルハ約半額ニ過キスト云フコトヲ得ヘシ殊ニ近来信用アル製
糸ノ先売契約漸次発達スルニ従テ危険ノ程度益々減スルヲ知ルヘシ
 
第十一表  明治三十八年月別生糸入荷表  (原商店概況 p 七一)
【表は原本ビューワ参照】
 
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(三)市価ノ高低甚シカラサル事  前節已ニ述ヘタル如ク往時絹ヲ以テ奢侈
品トナシタル時代ニ在リテハ海外市況ノ浮沈流行ノ変遷ニ従テ相場ノ高低
甚シキカ上ニ金銀比価ノ変動ヨリ受クル影響亦極メテ多ク米国大統領ノ改
選期毎ニ糸価ニ非常ノ激変ヲ与ヘシコトハ世人ノ記臆ニ存スル所ナルヘシ
 
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輓近海外諸国ノ絹ヲ需用スルコト益々増加シ今ヤ殆ント日用品トシテ取扱
ハルヽニ至リ彼ノ南阿ノ事件(注4)日露ノ戦役(注5)独仏ノ確執(注6)等世界ノ耳目ヲ聳動シ
タル外交上ノ危機ニ際シテモ糸価ニ著シキ変動ヲ加ヘサルコト「原商店概
況」中ヨリ摘録シタル左表示ス所ノ如シ
 
第十二表  最近六箇年間各市場生糸平均相場
【表は原本ビューワ参照】
 
  備考 第一欄ハ、P八七、米国輸出ノ斤量価格ヨリ算出シタルモノ
     第二欄ハ、P九三、日本糸器械細一番乃至一番半平均相場
     第三欄ハ、P九四、同太一番平均相場
 
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見ルヘシ生糸ノ相場ハ其差僅カニ四五分乃至一割ノ間ニ過キス世人カ変動
極リナキカ如ク思惟スルハ二十余年以前ノ旧夢未タ醒覚セサルト直接関係
ヲ有セサルモノト雖モ常ニ相場ノ高低ニ注目スルカ為メニ声ノ大ナルノミ
事実ニ至テハ寧口変動ノ最モ少ナキモノニ属ス
(四)毎歳一回厳格ナル決算勘定ノ行ハルヽ事 計算ヲ明確ニスルノ要アル
ハ云フヲ須(もち)ヒス大ハ国家財政ノ収支ヨリ小ハ私人生活ノ経費ニ至ルマテ前
年ノ事実ニ鑑ミテ次年ノ経営ヲ定ムルハ当然必須ノ事ニ属スト難モ世事往
往志ニ違フヲ免レス最モ細心ノ注意ヲ要スヘキ工業家ニシテ反テ前進ヲ知
テ意ヲ後顧ニ用イサルモノ少ナカラス啻ニ自カラ自己ノ経験ヲ無視スルノ
ミナラス故(ことさ)ラニ外間ニ向テ事実ヲ覆フモノ亦甚タ多シ彼ノ株式会社ノ如ク
 
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一年一回以上正確ノ決算ヲ公表スヘキ責任アルモノヽ報告卜雖モ往々世人
ヲ誤ルコトアルハ常ニ憾ミトスル所ナリ然ルニ本業ハ他ノ諸工業卜異ナリ
現時ノ状態ニ於テハ毎歳五月末日マテニハ必ス一旦事業ヲ休止シ更ニ六月
中旬新繭ノ産出ヲ待テ当年ノ業務ヲ開始スルヲ常トス蓋シ信州ノ地冬季冱
寒(ごかん:きびしい寒さ)ノ際繰糸ニ不適当ナルト春挽ノ糸量前年ニ及ハサルモノアリシ為ノ重ニ
十二月下旬ヲ以テ休業スルヲ例トセシカ近時事業ノ拡張ニ伴ヒ春季解氷ヲ
待テ直ニ事業ヲ継続スルモノ漸ク加ハリ殊ニ関東其他温暖ノ他方ニ在テハ
周歳事業ヲ継続スルモノヲ生シタリト雖モ新繭着手ノ前ニ於テ古繭全部ヲ
繰糸シ了ルノ習慣ハ依然旧ノ如ク現ニ諏訪郡生糸同業組合ハ毎年五月末日
ヲ以テ組合員一同必ス工場ヲ閉鎖シ六月中旬ニ於テ総会ノ決議ヲ以テ新事
業開始期ヲ定メ(昨三十八年ハ六月二十二日開業今三十九年ハ六月十八日開業)其間約二旬必ス休業スルノ規定
ナリ事業ノ休止ハ原料ノ絶無ニ帰シタルヲ意味シ兼テ使用工男女其他一切
 
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ノ諸払勘定モ亦此期ニ於テ行ハレ更ニ新年度ノ諸準備ヲ為スヲ常トス左レ
ハ一事業年度(六月ヨリ十二月乃至翌五月ニ至ル)間ノ事業成績ハ仮ニ内容ニ於テ不明確ノ点ア
リトスルモ資産全部ノ増減ハオノツカラ厳格ニ表現シ事業家自カラ之ヲ知
ルニ止マラス世人亦之ヲ観察スルニ甚タ容易ナルモノアリ之レ本業経営者
ノ為メニ峻厳ナル教訓ニシテ兼テ資金ヲ供給スルモノヽ至便トスル所ナリ
    ○製 糸 資 金
製糸原料繭ハ産出ニ従テ製糸家自カラ産他ニ出張シ生繭ヲ買入レ之ヲ自巳
ノ倉庫ニ保管スルヲ常トシ且其代金ハ総テ現金支払ナルヲ以テ宏大ナル倉
庫ヲ有シ一時ニ多額ノ資金ヲ要ス若シ農家ノ繭ヲ処分スルコト彼ノ米麦ニ
於ケルカ如ク相場ノ昻低卜自家ニ金銭ヲ要スルコトノ緩急トニ依リテ売却
シ市場常ニ売繭ヲ存スルノ状態ニ在ラシメハ製糸家ハ生糸市場ノ昻低ニ従
テ原料ヲ仕入ルヽコトヲ得テ資金ヲ省キ危険ヲ減スルコトヲ得ヘキモ蚕業
 
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ノ発達今日ン如クニシテ而モ繭売買ノ方法カ依然旧態ヲ脱セサル所以ノモ
ノハ思フニ左ン数理由ニ在ルヘキカ(各戸ン副業トシテ盛ニ座繰ヲ製スル
地方ニ在テハ周歳少量ノ繭ヲ買入ルヽ必要アルモノ多数ナルヲ以テ自然ニ
貯蔵繭ヲ取扱フ商人アリ故ニ群馬福島等ニハ乾燥繭ノ取引行ルヽニ不拘製
糸ノ最モ盛ンナル信州ニハ此業殆ント無シ)
(一)繭ハ桑国ノ新古(桑国若ケレハ解舒(かいじょ)良ク古ケレハ悪キヲ常トス)天候ノ
乾湿(上簇当時湿気多ケレハ解舒悪シク乾ケハ良キヲ常トス)ニ依リテ解
舒ノ良否ヲ異ニシ従テ糸量ノ増減ヲ来スヲ常トスルニ他人ノ売収混同シタ
ルモノハ是レ等ノ関係ヲ識別スルコト殆ント難キコト
(ニ)同時期ニ於テ全国十数ケ所乃至数十ケ所ニ手代ヲ派出シテ仕入レヲ為サ
シムルニ生繭ノ未タ殺蛹乃至乾燥ヲ施サヽルモノヲ買入ルコト糸量ノ鑑定
上容易ナルノ益アルコト
 
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(三)繭ノ殺蛹乾燥貯蔵等ノ巧拙適否ハ著シク糸ノ品質及ヒ量目ニ影響スルカ
故ニ農家各自ノ不完全ナル方法ヲ以テ貯蔵シタルモノ又ハ商人ノ外観ノミ
ニ注意シタル貯蔵繭ヲ買入ルヽハ頗ル危険ナルノミナラス現今ノ状况ニ在
テハ製糸家ノ要スル多量ノ売繭市場ニ存セサルコト
(四)多量ノ繭ヲ抱テ他日ノ買人ヲ待ツカ如キ資力豊富ナル繭仲買商乏シキコト
等互ニ因ヲ為シ果ヲ結ンテ製糸家自カラ生繭ヲ買収スルノ習慣変セサルノ
ミナラス曽テ産繭地方ニ在テ買次鞘取等卜称シテ当日市場ニ出ルモノヲ買
集メテ之ヲ製糸家ニ売却シタル習慣サヘモ漸次衰頽ニ帰シ製糸家ノ手代直
接ニ農家ニ就テ買入ヲ為スモノ益(ますます)加ハラントス斯クシテ買入ヲ為シタル製
糸家ハ生繭ノ集中ニ便宜ナル地方毎ニ殺蛹所若クハ乾燥所ヲ設ケ多数ノ人
夫ヲ使役シテ自カラ之レカ整理処分ニ任セサルヲ得ス一見甚タ秩序ナキニ
 
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似タレトモ現今ノ状況実ニ止ヲ得サルナリ
原料買入ノ状況如此ヲ以テ延買ヲ為スノ余地アルナク(附近農家ノ産繭ヲ
延買スルモノ無キニ非レトモ全局ヨリ云ヘハ所謂九牛ノ一毛ニモ及ハス)
従テ手形ノ発生スル機会甚タ少ナク常ニ予定ノ現金ヲ抱テ産地ニ赴カサル
ヲ得ス多ク資金ヲ要スル所以ナリ
製糸家ノ或モノハ殆ント自己ノ資金ヲ以テ営業スルモノアリト雖トモ多クハ
工場倉庫及工女薪炭等ノ繰糸準備ニ要スル資力ノ外若干ノ流動資本ヲ擁ス
ルモ仕入金ノ過半ハ他ノ融通ヲ仰クヲ常トス其方数種アリ(一)ハ其年度ノ製
糸ヲ依託販売スルヲ約シテ横浜生糸問屋ヨリ資金ヲ借リ入ルヽナリ其金額
年々五六百万円卜称セラル(二)ハ各自ノ取引スル銀行ヨリ借入ルヽモノニシ
テ(三)ハ此二種ノ借用金ニシテ尚不足スルトキハ繭ヲ各地ノ銀行ニ質入シテ
資金ヲ得ルナリ(四)ハ斯クシテ或程度ノ原料ヲ買入レ之ヲ製シテ横浜ニ出荷
 
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スルニ当リ時価以内ヲ以テ荷為替ヲ取組ミ以テ先キニ借リ入レタル第(二)第
(三)ノ負債ヲ返却シ又ハ現金ヲ得テ更ニ原料ノ買入ヲ為ス而シテ其為替金額
ト買上金額トノ差額ヲ以テ第(一)ノ負債ヲ返却スルヲ通例トス但資力豊カニ
シテ信用高キモノハ荷為替ヲ取組ムコトナク直ニ問屋ニ送リテ売却セシメ
売上代金ヲ以テ銀行ノ負債ヲ返却スルモノアリ此種ノ製糸家近年漸ク多キ
ヲ加フルニ至リシハ斯業ノ為メ賀スヘキナリ
    ○附製糸費用
前来詳述スル如ク製糸ノ業タル多クノ資金卜機敏ノ仕入トヲ要スルノ外繰
糸ノ技術ニ就テ綿密周到ナル注意ヲ要スルコト蓋シ諸多ノ工業中恐クハ此
業ノ上ニ出ツルモノ無カルヘシ假令へハ百斤(一六〇キログラム)ノ価格ニ於テ百円高キ優良ノ
生糸ヲ得ンカ為メ繰糸ノ資用ニ於テ四拾円ヲ増シ糸量ニ於テ百分ノ七(百
斤干円トスレハ百分ノ七ハ七拾円ナリ)ヲ減スレハ差引拾円ヲ損スルカ如
 
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キ繭ノ良否ヲ甄別(けんべつ:はっきりと区別すること)スルコト不注意ニシテ価格二割ヲ減スヘキ粗質ノ繭一割
ヲ混入シタルカ為メ全体ニ於テ百分ノ三ノ価ヲ減シ為メニ拾円ヲ損スルコ
トアリ拙速必シモ利アラス巧遅必シモ損セスエキストラノ製造家富ヲ加フ
ルヲ期スヘカラサルト同時ニ太一番乃至其以下ノ製糸家成立セサルニモア
ラス資力識見同輩ヲ圧シテ而シテ連年失敗ヲ累(かさ)ヌルモノアリ薄資菲才魯魚
ヲ弁セスシテ而シテ着々成功進歩スルモノアルハ世人ノ普ネク目睹(もくと:じっと見つめる)スル所
ニシテ要ハ万般ノ利害得喪ヲ考量取捨シテ正中ヲ得タルモノ始メテ大業ヲ
成就スヘキノミ思フニ我国器械製糸アツテ以来茲ニ三十有余年事業家ノ興
廃挙ケテ数フヘカラスト雖モ成敗ノ岐(わか)ルヽ所ハ生糸相場ノ高低ニ基カスシ
テ寧ロ事業方針ノ適否卜費用ノ多寡コソ主要ナル原因ナリシカ如シ今左ニ
工費ノ概要ヲ列記シテ聊(いささ)カ参考ノ資料トナサン
 
第十三表  最近数年間工費一覧  九貫目(三三.七五キログラム)一梱ヲ標準トス
【表は原本ビューワ参照】
 
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前表ノ内屑物蛹等ノ代金ヲ得ルコト左ノ如シ
 
第十四表  屑物蛹代金表   生糸九貫目ヲ標準トス
【表は原本ビューワ参照】
 
工女一日ノ繰糸量ハ解舒ノ良否糸ノ細大ニ依テ同シカラス少キハ三十五匁(約一三一.三グラム)
ヨリ多キハ百三十匁(四八七.五グラム)ニ至ル従テ総費額ニ著シキ差異ヲ生スルハ自明ノ理ナ
リ(1)ヨリ(7)ニ至ルノ費用殊ニ影響ヲ受クルコト大ナリ
世ノ製糸費用ヲ云フモノ高低一ナラス殆ント捕捉スヘカラサルカ如キハ前
 
記ノ理由アルノ外第一計又ハ第二計ヲ以テ工費卜称シ(12)ヲ買上代金ヨリ減
シ(13)以下ヲ繭代金ニ加ヘテ計算スルモノアリ又ハ通計金額ヲ以テ直ニ工費
ナリトスルモノアリ或ハ第十四表ノ収入ヲ扣除(こうじょ)シテ答ヲナス等設問詳ナラ
サレハ答案自ラ区々タルヘキハ怪シムニ足ラサルナリ
信州松代町ニ社員ノ依頼ヲ受ケテ製糸受負ヲ為スモノ六文錢白鳥館松城館
ノ三社アリ(松城館ハ三十七年ヨリ賃挽ヲ廃シテ自カラ事業ヲ営ム)何レ
モ前表(1)ヨリ(9)ニ至ル諸費目ノ内(7)ヲ除キタル分(即平均率ニ於テ七拾円
九拾錢)ノ受負賃金五拾五円乃至六拾円卜定メ第十四表ノ屑物ヲ受負者ノ
所得トシテ営業セリ而シテ最近数年間各社トモ社有工場器具ノ元資ニ対シ
一割乃至一割八分ノ利益配当ヲナセシカ昨三十八年度ハ繭ノ解舒不良ニシ
テ米価高カリシカ為メ反テ若干ノ損失ヲ被リシモノアリタリ以テ工費ノ一
斑ヲ推知スルニ足ルヘシ
 
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明治三十九年六月五日印刷   (非売品)
明治三十九年六月十日発行
     発行兼  箕輪五助
     著述者  長野県小県郡上田町 丙二百八十四ノ二
     印刷者  山口行雄
          東京市京橋区鎗屋町九番地
     印刷所  細川活版所
          東京市京橋区鎗屋町九番地
 
(注1)伊豆・相模・参河(みかわ)・遠江
(注2)福島・宮城・岩手・青森・秋田六県の総称
(注3)上野(群馬県)・信濃(長野県)
(注4)南ア戦争(一八九九~一九〇二年)
(注5)日露戦争(一九〇四~〇五年)
(注6)アフリカ大陸進出をめぐるドイツ、フランスとの対立(一九〇五~一一年)