NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

4.地域の記録

■安曇・筑摩両郡旧俗伝 [翻刻] 

信府統記第十七      画像2
筑摩・安曇両郡旧俗伝
一、当国封域乃中、往古より近来ニ至て,其事跡
慥ニ見聞スル所ハ、郡境諸城の記等ニ載スト
云ヘ共、上古ノ沿革ハ其由所分明ならざるか故ニ、
一定して記し難し、故ニ暫筆ヲ閣ク所に、爰ニ又
筑摩・安曇乃両郡ニ於て旧俗の伝ふる所乃記
録少なからず、其説詳ならざる事多しといへども
 
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是又古へを考ヘ、今ヲ知るノ一端なれハ、弃置難き
か故ニ、別ニ集て一巻となすコト左の如し、蓋シ
信して古ヲ好む乃意ニ近からん歟
 
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一往古郡の号モ定まらず、況や郷村も開けざりし時、
たま/\たま有所乃人家ハ山ニのミ住せり、其頃ハ此
所ヲ有明の里と云、有明山といへル大山乃麓ナルガ
故ナリ、有明山ハ今の松川組なり、有明山の名ヲ戸放カ嶽とも云フ、其
子細ハ往昔日乃神岩戸ニ籠ラセ給ひしとキ、
天下黒闇ト成ケル故、手力雄命岩戸ヲ取りて投
給ひしカハ、岩戸此所ニ落止レリ、夫ヨリ天下又明カニ
成故ニ、此山を有明山共、戸放カ嶽とも云ふなり、
 
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又鳥放カ嶽共云、子細ハ此山ニ鶏ニ似タル鳥アリて、
時ヲ作ル故とかや、一説此山月乃頃ハいつも陰なく
照スニ依テ、有明山卜モ云ト見ヘタリ、人皇十二代
景行天皇十二年迄ハ、此辺乃平地ハ皆山々ノ沢ヨリ
落ル水湛て湖ナリ、此所ニ犀竜卜云しアリ、又
是ヨリ東高梨と云所乃地ニ白竜王卜云し者アリ
シカ、犀竜卜共ニ交合して一子ヲ生ス、八峯瀬山
ニテ誕生、日光泉小太郎卜称ス、放光寺山乃辺ニて
 
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成長ス、其後母乃犀竜我姿ヲ恥て、湖水ニ入リ隠レ
ぬ、小太郎母の行衛を尋ル所ニ、熊倉下田乃奥
尾入沢と云所ニ至りて逢ふ事ヲ得タリ、犀竜語
テ、我ハ諏訪大明神武南方富の命の変身ナリ、氏子繁昌なさ
シメんと欲して化現せり、汝我ニ乗へし、此湖ヲ突
破り水ヲ落して平陸となし、人里とせんと教へらる
ニ任セ、小太郎尾入沢ニテ犀竜ニ乗しより今ニ
犀乗沢と称せり、三清地と云所乃大岩ヲ突破リ、
 
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又水内乃橋下の岩山をも破リ開きて、千曲川ノ
川筋ヲ越後国大海迄乗込しとナリ、是ニ依テ其所の
名ヲ乗(ノツ)タリト号ストカヤ、是ヨリ此所ニ於て犀乗沢ヨリ
下千曲川へ落合ふ所迄ヲ犀川卜称ス、其後犀竜ハ
白竜王ヲ尋て、坂木ノ横吹と云所の岩穴ニ入、小太郎
ハ有明の里ニ帰テ、今乃池田組十日市場川会と云
所ニ住居して、子孫繁昌ス、年ヲ経テ白竜王・犀
竜共ニ川会ニ来りて対面あり、白竜王乃曰、我ハ
 
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日輪の精霊即ち大日如来の化身ナリとて犀竜卜共ニ今松川組一本
木村西乃山、仏崎卜云所乃岩穴ニ入て隠レ給ふ、是
より年月久敷して、後小太郎の曰ク、我ハ八峯瀬権現
乃再誕なり、此里乃繁栄を守護スヘしとて、又仏崎乃
岩穴ニかくれ給ふ、後ニ彼乃所ニ川会大明神の社を建
しは、此霊神ヲ祭レルト云、今ハ此社なし、湖水落て平陸と成
しより、田地を開き人民住居して、次第ニ郷村出来
ニケリ、湖水湛へし時ハ、山ヨリ山へ船ニテ往来せし故、今ニ山家組ニ船付と云所、同く船ヲツナキシ石ナトアリ、一説、当国信濃十二郡乃
 
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中ニモ筑摩・安曇ノ両郡ハ漫々タル海原ナリ、中山の
崎より湖サシ入リシニ依テ、塩崎卜称し、其潮伊奈
郡へ流ル、塩尻の号も爰ニ始レリ、深瀬卜云ハ其中ニ
川筋乃深き瀬有し所トカヤ、山家乃名ハ人皆山上
ニ住セル故、久シキ在名ナリ、此所ニ船ヲ寄ケルヲ、今ニ
船着(ツキ)と云伝へ、船ヲ緊キケル石とて今にあり、釣ヲ
業として世ヲ営メリ、諸神達隣ミ給ふ、中ニモ
鉢伏、今ハ八峯瀬山ト云、山の権現人輪トアラハレ、傍乃丸山ニ
 
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居住し給ふ、其所ニ不思儀乃泉涌出ル、味ひ酒の
如クニテ、人乃餓ヲ助ケ、疲を養ヘリ、誠ニ不老不
死乃泉トモ云つヘシ、国人悦ふ事限リナシ、彼
権現の御子ヲ泉小次郎卜号、生レナカラ常乃人ニ
アラズ、岩壁をカケリ、水中ニ入レ共、自在無碍ナリ、
此地ヲ平陸ト成さんガ為ニ海中ニ入て点検スルに、
一の山ヲ擘(ツンサカ)ハ、必水落下りて丘ト成ヘシ、然レトモ
人力の及ふ所ならネハ、天神地祇ニ祈ラレケル程ニ、
 
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大雨降満水して、彼の山乃上ヲ越ル程ニ水溢レタリ、
其時犀一疋出現せり、小次郎此犀ニ乗リ、彼山ヲ
乗破りたり、異域乃古へ巨霊ト云シのやまを
擘シタメシモあれハ、サモ有んや、犀に乗水ミち付て透すなりひろき世界へいつる犀川
彼犀ヲ神ニ祝ひ、今ノ出川町乃辺ニアル犀口水
引大明神是なり、是ヨリ湛ヘタル海水、越後へ落テ
平陸トナレリ、然ル所ニ中房山ニ鬼神有て、里ニ
出、人民ヲ悩スガ故ニ、諸神力を合して鬼神ヲ滅
 
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し給ふ、鬼神ハ魔道王と号ス、今乃島立の郷鬼
場と云所ハ彼鬼神乃屯せし地ナリ、征矢野野々宮
ハ神軍乃陣所成しと云伝ふ、所々ニテ鬼神残ラ
ス討亡サレテ、古廐原ニて実検有シ所ニ、鬼賊の
渠魁魔道王ヲ始め、首一百三十六、其外邪賊数知れ
ス、討取所乃首をハ塚ニ埋む、是ヲ耳塚ト云、右一百
三十六乃頸ハカリハ、今ノ筑摩乃社壇ヨリ未申の方
三十六間ヲ去シ地ニ埋メ、塚ヲ築ケリ、其塚の形、
 
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飯ヲ盛たルニ似タリとて、今ニ飯塚と称ス、此トキ
諸人乃旌旗ヲ神躰として宮殿を作り、筑魔ノ
神社是なり、其旗竿ヲ納メシ地ニ竹生せり、是野
竹とて昔ハ弓ニモ成シト云伝フ、千早振神の居垣ニ弓はりて向ふ矢先に悪魔たまらし
此所由ニテ、其時ハ竹魔卜号せり、是筑摩八幡宮の社人伝ヘシ説ナリ、