NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

2.紀行文・道中記、地誌

■善光寺道名所図会 [翻刻] 善光寺道名所図会 巻之二 

   画像28左  現代訳
間の宿なり、法橋は西条村の小名にて、四丁程相対す、青柳宿へ三
十町なり、未申の山に古城地あり、鬼熊左衛門尉といひし人の居城
なりしと云、西条より左へ脇道に入て別所村の内に明礬の出る岩山あり、樵
路もなき巌戸の面を蜘蛛の如くつたひて明礬を採る人所々に見ゆる
なり、仁熊村の医師雅名富迺門真村が家に憩ふ、其傍なる舟森山に神
明の宮立給ふ、これハ嘉承二年始て、当国の内七箇所へ伊勢より
勧請ありし其一なり、孤山蔭森と神寂て、夏木立生茂り、実に一艘の大
船に物を積たるごとき形容なり、神躰は天照大神・春日を祀る、
社の側に歌碑あり、
 
 
   (略)
  
  
   画像29左  現代訳
仁熊山の古城地は村より亥の方にあり、青柳伊勢守持城なり、同
く近江守清長の聟に仁熊何某といふ者住居の地なりとぞ、