NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

2.紀行文・道中記、地誌

■戸隠善光寺往来 [翻刻] 

  戸隠善光寺往来      画像4
内々承候得は、御母公
多年之御心願ニ而、今
般信州善光寺江
貴辺御倡行之由、御弱
 
   (改頁)
 
年ニ不似合莫太之御
孝行、感慨不少候。僕
先年戸隠山参詣
之砌、道路之荒増記
行ニ留置候間、為御心
 
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得申進候。者抑夘月
上旬明まだき、鶯の音に
誘れ、夘の花の雪踏
分候而、柴の戸を立出、
本郷通追分より巣
 
   (改頁)
 
鴨町を過り、庚申塚ニ
休足いたし、板橋の駅
を経て、戸田の渉に羽
黒之社を令遙拝、蕨、
浦和より大宮権現を
 
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打過、上尾宿、桶川宿、
鴻巣より熊谷迄は四
里八町之間ニ而、当中に
吹上之建場有之。土手
之内十八町、久下村を過、
 
   (改頁)
 
熊谷蓮生之旧跡、
深谷傍示堂ハ武上
両国之境之由。夲庄、
神奈川打渉、新町、
倉賀野を経候而、高崎
 
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宿は越後路又は伊
香保、草津之別れ道
有之。自後板鼻、安中
駅ニは妙義道右之方ニ而、
松井田、坂本ハ臼井峠之
 
   (改頁)
 
麓、熊野権現の社は
信上之境ニ鎮座有。軽
井沢、平葉之原、沓掛、
追分は、信濃なる浅間
山与詠し裾野之駅ニ而、
 
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直に行は京街道木
曽道、左之方小諸江
出候得は、善光寺其
外北国往還也。田中、海
野を打過、上田の町、
 
   (改頁)
 
夫より坂木、戸倉、屋代之渉
より姨捨山長楽寺、
冠山抔被見渡、絶景
難述言語。丹波嶋ハ
往時甲越之戦場、斎
 
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川を打越、善光寺町ニ
杖を止見候得ハ、商家旅
泊軒を交、殊ニ繁昌の
地令驚歎、仏都之光
景左茂可有歟。夫善
 
   (改頁)
 
光寺之来由ハ、欽明
天皇十三年、本尊如
来従百済雖渡来、
敢而信者無之。推古天皇
十年草創而、伊奈郡
 
   (改頁)      画像10
 
麻績里宇沼村ニ建
寺。其后皇極天皇
元年、仍而仏勅水内
郡ニ建立有。本願は本
田善光。因茲為寺号。
 
   (改頁)
 
寔ニ天然不可思議之
霊仏、利益尤も著明。
聖徳太子、如来与往
復之書通、詩哥之応
答有之事、『風雅集』
 
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『埃嚢抄』之小史ニ茂
有之。堂塔之荘厳ハ
無比類、海内無双之
霊場、詣人挙而垂渇
仰之頭、信念不怠。戒
 
   (改頁)
 
壇之玄妙又絶綸也。
且未明毎ニ夲尊開扉
有之、旅泊之詣人堂中ニ
充満而、称名念誦如
潮涌、雖無智短才之
 
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卑俗、不催感涙は無
之様被思、実ニ難有申計
者無之候。僕自後戸隠へ
参詣之志願候而、荒町、
牟礼井を打過、従柏原
 
   (改頁)
 
直道は北国街道、左之
方戸隠山之道漸投
杖令登山、広前ニ奉
額突、掃翁ニ相尋候へは、
戸隠明神は手力雄命、
 
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伊勢内宮相殿之左
ニ茂祭有之。昔天磐
戸を押開給ひし時、抛其
磐戸、此所ニ落たりと云。
九頭竜権現ハ、伝曰、神
 
   (改頁)
 
形九頭ニ而、岩窟之中ニ
鎮座有。以梨為神供。
故ニ世俗、患虫歯者、
断梨心願懇祈すれは、
平愈無疑与申伝候。是
 
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則当山地主の神ニ而、神
秘之由承候。右記行之
趣如斯候。不具。
  十辺舎一九著
  青洲三武敬書