NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

2.紀行文・道中記、地誌

■長野県師範学校生徒修学旅行概況 [解説] 

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 修学旅行という用語が法令上初めて現れたのは、明治21年(1888年)の文部省訓令「尋常師範学校準則」だったといわれます。
 その前年の明治20年に、長野県尋常師範学校長浅岡一は師範学校の修学旅行を始めました。この修学旅行は夏休みを利用して行われ、遠く関東京浜・濃尾方面に及び、1年生から4年生の男子生徒約100名が参加しました。
 「はじめは心身鍛錬の行軍であったが、しだいに「見聞を広め、実学を助くる」目的を加えた。校長とともにした旅行の体験について、「先生と生徒と一体になって感興湧くが如く喜びに堪えなかった」と生徒はいっている。師範学校にならって、県内の中学や小学校でも修学旅行を始めるようになるのである。」(中村一雄『信州近代の教師群像』)
 本書は明治25年の第6次修学旅行概況であり、同行した長野師範学校教諭浅井洌によって記録されたもので、明治34年に発行された『信濃名勝詞林』に収載されました。
 なお、明治23年に行われた「第4次修学旅行概況」は近代デジタルライブラリーに収録されています。