NPO長野県図書館等協働機構 信州地域史料アーカイブ

2.紀行文・道中記、地誌

■龍駕の跡 (明治11年の天皇北陸・東海道巡行) [解説] Ⅲ六大巡行の歴史的意義 

 各府県は巡行を迎えるに当って府県民奉迎心得方に関する布達を出した。全回を通して、「拝見勝手」「営業平常どおり」が指示されていた。
 明治11年以降は「巡行趣旨」について多くの達が出された。その象徴的な布達が「小学生等虚飾注意」であった。また、「提灯点灯」「国旗掲揚」がほとんどの府県で人々に達せられているが、これは明治5年に各府県が独自に提灯で奉祝することを達し地方官が祝祭的演出をしたことが始まりと言われている。地方官が新暦の国家祝祭日の祝旗として登場していた国旗掲揚を奉祝の名を借りて強制していたが、明治11年に地方官へ国旗・提灯で奉祝の形を表すことを人民の自由意志にするよう指示した。
 「不敬禁止」は明治13年・14年のみ地方官心得書に載ったが、これは不敬にさえならなければ立礼・蹲踞(そんきょ)は土地の習慣に従ってよいという前提であった。しかし、不敬の無いようにするというのが府県の最も重視したことで、不敬注意を発したのは政府でなく、府県であった。