石川県立図書館/大型絵図・石川県史

大型絵図

3 境絵図

延宝3年9月25日 1枚 179cm×303.4cm
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土方領能登郡大野木村堺絵図土方雄久(1553~1608)は、関ヶ原の戦いで従兄弟である前田利長を徳川側につけた功績により、越中新川郡に1万石の領地を得るが、慶長10年(1605)11月に能登へ移封された。土方領の村々は加賀藩領内に点在していたため、約1,000カ所にわたって境塚を築いてその絵図を作成し、延宝3年(1675)9月25日各村の肝煎・与合頭・長百姓十村が署名し、双方の奉行が裏書をして、両者の境界を確定させた。本絵図は加賀藩に収められたものが伝えられたもの。
土方領能登郡大野木村堺絵図
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翻刻文
○此色 大野木村之田畠
○此色 大野木村之山
○此色 鵜浦村・上湯川村之田畠
○此色 鵜浦村・上湯川村之山
今度土方河内守様御領能州能登郡大野木村、加賀守様御領分堺目、双方十村村肝煎・長百姓致見分、納得之上を以堺塚被仰付、絵図互取替申上者、自今以後申分無御座候、仍如件
 延宝三年九月廿五日
  加賀守様御領能登郡鵜浦
          肝煎
次郎兵衛(印)
          同 覚地(印)
          組合頭山之下(印)
          同 五左衛門(印)
          同 堂之脇(印)
          長百姓四郎兵衛(印)
        同郡上湯川
          肝煎
太郎右衛門(印)
          組合頭長兵衛(印)
          同 三右衛門(印)
          同 四郎右衛門(印)
          長百姓九左衛門(印)
        十村鰀目村太間(印・花押)
  河内守様御領能登郡大野木
          肝煎
三郎右衛門(印)
          組合頭与三(印)
          同 上之屋(印)
          長百姓七郎兵衛(印)
        十村庵村五郎左衛門(印・花押)
(裏書)
表書之通、御領地之境双方村々十村村肝煎・長百姓納得之上を以相極申所、如件
         近藤四郎左衛門(花押)
         原五郎左衛門(花押)
         菊池[  ](花押)
         羽石重兵衛(花押)
         荒川源兵衛(花押)
         久米安太夫(花押)
         桜井又兵衛(花押)