石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第六章 經濟交通

第四節 交通

内に於いても、その後要地の間には亦飛脚の設あり。假令ば金澤小松とを往來する十度飛脚は最も著しきものゝ一にして、その創始は寶永二年十一月に在りしといふ。享保十年の小松舊記によれば、十度飛脚に對して小松町會所より委託する信書は賃錢を支給せず。肝煎より發送する公用の書類も亦之に同じ。但しその形状荷物の如くに包裝せるものは重量に應じて規定の賃錢を仕拂ふべしといひ、之と同時に藩吏等が私事に屬する信書を公用なりと僞ることを戒め、十度飛脚も亦自ら疑はしと思考するものは内容を發送者に質問するを得と定めたり。而も此の如き弊害は到底停止せしむる能はざりしが如く、幾くならずして十度飛脚が賃錢を受けて運搬する信書荷物の少數なる爲、營業に堪へざることを愁訴せる文書を存せり。されば後には小松金澤間も亦他の諸地の如く、の保護を受くることなきと共に又義務をも負はざる全然私設の飛脚となりたるなるべし。