石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第六章 經濟交通

第四節 交通

北國街道に於ける驛馬の數は之を寛文年間の調査に徴するに、橘十七疋、大聖寺十一疋、動橋十四疋、月津二十二疋、小松五十疋、寺井四十五疋、粟生三十六疋、水島二十疋、源兵衞島二十疋、下柏野二十二疋、荒屋柏野二十疋、松任四十六疋、野々市八十七疋、金澤六十六疋、津幡百十八疋、竹橋六十八疋を算せり。是等の内、水島と源兵衞島、下柏野と荒屋柏野とは、各半月毎に交代して役に服す。又支線に在りては、鶴來街道鶴來の百十五疋あり。宮腰街道の宮腰に九十六疋あり。加賀能登連絡街道に、高松の五十四疋、今濱の四十一疋あり。能登外浦街道に、一宮の十九疋、川尻の十一疋、堀松の十九疋、富木の十五疋あり。而して能登内浦街道に子浦の四十九疋、飯山の三十四疋、二宮の三十三疋、所口の三十一疋ありき。是等馬疋の數は、亦當時に於ける各地貨物運搬の繁閑を示すものと見るべし。然りといへども後世屢馬借の生計困難にして馬匹の減少を訴へたる文書を存するが故に、常に同一なりしとは斷ずべからざるなり。