石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第六章 經濟交通

第三節 市場

米仲買員數米場の初期たる延寶の頃二十七名を算したりしが、天和元年に至り彼等を淘汰して八名を選拔し、起請文を徴してその業に從はしむることゝせり。然るに幾くもなく再び増加し、貞享四年百六十七人の多數を算したりしを以て、同年又銓衡して五十八人に限定したりき。而も同業者一同の諒解を得る時は、二名の證人を立てゝ仲買となり得べき途あり、或は集所座主又は仲買等にして營業數十年に亙り特に功勞ありと認められたるものは、その子弟をして仲買業を開始せしめ得べき褒美仲買といふものすらありしかば、仲買の數は常に増加するのみにして、寛政七年には百七十三人を數へたりき。次いで同十二年仲買開業に關する規定を改め、仲買たるものはその身元の確實なるべきを要すとせる一面には、曾て仲買の手代たりし者の組合頭寄親として出願する時は特に許可することあるべしとの法を設け、享和元年には普通仲買の數を百五十五名に限定して株立とし、褒美仲買は仲買組合頭の子に限りて之を許すも世襲せざらしむることゝせり。是より仲買株を賣買し得ることゝなり、その新たに仲買たらんとするものは、二人の請人を立て、居住地の町役人及び仲買組合頭の連印を得たる願書を認め、仲買肝煎役を經て之を町奉行に提出するを要し、既に町奉行許可を得たる時は、改めて血判したる誓紙を納め、こゝに初めて米場に出座し得るを例とせり。