石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第六章 經濟交通

第三節 市場

加賀藩に於いて最も古く創立せられたる米場越中高岡のものにして、一時甚だ隆盛なりしが、明和七年御藏米及び町藏米賣拂の利便を計り、その取引を金澤の米場に於いてのみ行ふべきことを令せり。然るに金澤の在米高は年額僅かに十數萬石を算するに過ぎずして、拂米の大部分は金澤以外殊に越中に在るのみならず、外に輸出せらるゝ米穀も亦越中の諸港灣よりするもの多きに居りしを以て、高岡の仲買人等この命令を全く理由なきものなりと斷じ、依然としてその米場に於いて相場取引を行ひ、高岡の外にも越中石動・魚津・加賀松任小松に亦地米の賣買を爲すものありて、金澤の米場は勢不振の状を免るゝこと能はざりき。是を以て文政六年金澤の仲買人等他の諸米場停止せられんことをに請ひ、翌七年遂にその許可を得たりしかば、加賀・能登越中三國中に於ける米場經營は全く金澤仲買人の獨占する所となりて、大に殷賑を加ふるに至れり。その後天保五年宮腰に在りては干鰯(ホシカ)商、松任に在りては菜種商と稱して、金澤の米相場を標準とする毎日仕切の張相場を行ふものを生ぜしが、亦幾くもなく停止の命を得たり。