石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第六章 經濟交通

第二節 物價

嘉永六年米國の軍艦浦賀に來りて互市を求め、翌安政元年又入港して我が回答を促せり。是に於いて全國一般に人心の動搖を來したりしが、殊に大坂にありては金融の圓滑を缺きしかば、資産の薄弱なりと認めらるる兩替店に對し、その發行したる手形を齎して正銀の交付を求むるもの多く、爲に破産したるもの七戸を出したりき。是等破産者の一なる天王寺屋彌七は、加賀藩の賣拂米に對する代金を堂島の米商人より納付せしむる店舖にして、の爲替を取扱ふこと百五十年の久しきに及びたりしものなり。是を以てその破産は直に延きて金澤の經濟界に恐慌を生ぜしむるに至り、人々皆正貨を死藏して之を市場に出さゞりしかば、發行する銀札相場を下落せしめ、隨ひて物價の向上を惹起したりき。老臣長大隅守連弘乃ち近藤兵作の説に聞き、米を兵庫に賣却して金輸入したりしに、纔かに財況を復舊せしむるを得たり。