石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第六章 經濟交通

第一節 貨幣

事情既に此の如く切迫したりしかば、銀札通用を永續するは甚だしく不利なるの觀あり。因りて當時江戸參覲中なりし藩侯前田重教は、六月朔日書を以て在國の老臣本多安房守政行に内旨を傳へ、七月朔日その停止を令せしに、同月廿五日月番年寄横山大膳隆達は之を布告したりき。然れどもこの際銀札回收すべきの正貨準備なかりしを以て、その處置の困難素より名状すべからず。乃ち先づ米五萬石と子二千貫目を提供して、發行せる紙幣總額約十分の一の償還に當てしめ、その餘は明年以降漸次皆濟せんことを公表したり。その五匁以下の小札に在りては尚暫く通用せしめしが、八月十日に至りて之を廢せり。但し今年に於ける償還手續の如何なりしや、又明年以後に於いて契約の履行せられたりや否や等に關しては、凡てその詳細を知ること能はず。

 鈔遣、以之外指支、最早差止之外は無之時節与被存候。見合候程費用も相増、其方中は止候而可然与決候得共、外面々はとくと其通共難決候。重而被申越候節は、多分之僉議を以計申越候より外有間敷候。依之内意先申聞置候旨、去十八日之紙面並別紙共令承知候。重き品故、區々成も無餘義候。爰元に而も爲僉議候へ共、其表之事委細難知、其上止候手段中々容易之事に無之、早速要脚指支、諸民令難儀候段、心外之至に候。依之神保縫殿右衞門を以、委細申遣候事に候。各嘸可辛勞候。以上。
    六 月 朔 日寳暦六年)                     中       將重教
      本多安房守殿
〔袖裏雜記〕
       ○

 家中之人々勝手甚及困窮候處、近年打續不時入用等に而難取救、依之領國には無之儀に候へ共、鈔遣可然旨に付、乍心外公邊え相願、去年以來通用申付候處、通用指間、自今可相續躰無之候間、僉議之趣達聽候。依而鈔之儀差止候。且又此度知行米をも借置、旁家中之人々可難儀候得共、如何樣にも勝手取續可勤儀肝要に候。
 右之趣一統可申聞者也。
    丙子七月十日(寳暦六年)                      印(重教
〔袖裏雜記〕
       ○

 去年以來、御領國中鈔遣被仰付候處、以之外指つかへ候故、可指止旨被仰出候に付、今日より指止候事。
 一、右被指止候付而は、町方・御郡方等之者、札所持之高に應、不正銀を以、一時に引替可仰付儀候へ共、御勝手御難澁至極に而、何共可成樣も無之に付、不其儀候。依之町・在等え米五萬石子二千貫目を以、十ヶ一之圖御渡可成候。割方之儀者追而可申渡候。相殘候銀札之分は、來年より除知之内を以相渡可申候。如此に而は一統及難儀申儀、不便成事に被思召候へども、其段者此度之儀候間、了簡可仕候事。
 一、御家中之人々所持之銀札之儀は、書出候上に而可御差圖候事。
 一、右之趣候間、札所持之人々者、其支配々々え取集、帳面に記、來月五日切銀札方主付迄指出可申事。
  但、札指出候節、一封に相認、高等並人々名印爲記、取立可申候。且又陪臣等所持之札者、其主人々々え、取集指出可申候。
 右之趣被其意、組・支配之面々え可申渡候。組等之内裁許有之人々は、其支配えも不相洩樣可申聞候事。
 右之趣可其意候。以上。
    七月廿五日(寶暦六年)                     横  山  大  膳
〔袖裏雜記〕
       ○

 通用今廿五日より差止候段、別紙之通に候。就夫急に相止候而者、末々之者及難儀候事も可之候間、五匁以下之小札之分は、唯今迄之通、一統暫可通用候。十匁以上之札引替相渡候上、五匁以下之札取立、引替可相渡候事。
 一、右小札通用者、輕き人々當分取續候ため之儀に候間、借銀・買懸・質物等之差引には決而罷成不申候事。右之趣可其意候。以上。
    七月廿五日(寶暦六年)                     横  山  大  膳
〔御定書〕