石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第六章 經濟交通

第一節 貨幣

以上の金銀貨は、いづれも加賀藩にて製造せられたるものなり。而して是等の金銀貨を製造せる所を吹座といひ、秤量發行及び鑑定を掌る所を銀座と稱す。吹座銀座とは、舊と同一主任によりて兼管せられたるが如く、前田利家の時後藤用助と矢田主計とを擢用したるに起る。寛文年中の文書に金屋用助とあるも、後藤用助に同じ。用助・主計二人が何れの年に於いてに仕へたりしかは、今詳かにする能はずといへども、文祿二年三月附利家の親書に能登銀座のこと見えたれば、金澤銀座は是より先既に存在せることを推定せざるべからず。この銀座のありし所を金屋町といひしが、寛永十二年五月の後、後に下材木町といへる地に移り、次いで淺野川の北にある今の金屋町に轉じたりといはる。本來の金屋町は、金澤城の出丸となり、金谷(カナヤ)殿を建築したる地とす。銀座たるものゝ給料が判金二枚なりしことは、慶長二十年卯月附金澤町の定書に、『天秤役判金二枚宛、如前々出可申事。』といへるを見るべし。天秤役とは、銀座が專ら天秤を使用したるを以て、一に之を天秤職とも天秤屋とも天秤座ともいひ、之に對する給料を城下の町人に課税として出さしめたるなり。