石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第八節 雜業

藺筵は小松附近の諸村に於いて生産せられ、その一部は藩士より自家用として直接に注文せらるゝものあり、又は金澤等の呉蓙商人に賣渡すものありといへども、主として小松商人の仲介賣買する所なるが故に、世人は之を小松呉蓙とも小松表ともいへり。而しての經濟政策は自給自足を目的としたりしが故に、專ら内の需要を豐富ならしめ、價格の低廉を計るに努むると共に、之を外に輸出するはその嚴禁する所なりき。唯自藩用に不適當なる劣等品の如きは、出願によりて輸出を許可せらるゝことあり。富山大聖寺にありては、加賀藩の支たる關係あるを以て特に供給を許したりといへども、尚且つ數量に就いては御算用場の承認を要し、又當年許可せられたる數量全部を輸出せざるも、殘額を次年に繰越して出荷するを得ずとせり。而も製造者及び商人に在りては、賣捌先がの内外何れたるを問はず、笱くも利益の多からんことを希望するが故に、禁を犯して密輸出するものあり。是を以ては常に嚴令を發して不正賣買の絶滅を期したりしが、若し單に内の需要を充たすに止らば、過産に陷りて生計の脅威を感ずとの理由により、製造者の大に反對する所たりき。後藩吏も亦その産物を輪出することが、益を増す所以なるを思ひ、嘉永元年二月小松に七戸の問屋を定め、輸出は凡べて許可を得たる後問屋を經由して行はしむることゝし、之に對して輸出税を徴すると同時に、内の供給を減ぜず、且つ努めてその價格を低廉ならしむべきことを命じたりき。

 千  束    疊 表
  但、一束十枚入
 右富山入用に付、當年中追々引取度旨申來候條賣渡、他國出縮方之儀嚴重可申渡候。以上。
    寅二月廿四日(天保十三年)                    御  算  用  場
〔小松町舊記〕
       ○

 大聖寺疊表承屆高、是迄其年切之引取方不相濟調方紛敷候條、昨年より當春え越高は最早指遣候儀差留候條、以後も翌年え越候分可差貿候。以上。
    弘化二年二月二日                   御  算  用  場
〔小松町舊記〕
       ○

 能美郡出來疊表、前々小松町之者ども重立賣買いたし候處、近年他國え之引合方宜躰に而、多指遣直段甚高直に相成、御用向を初指支候趣に付、他國出嚴重指留候處、少々直段も引下候。然處御國用而巳にては、織元村に手餘り及難澁候旨に付、慥に手餘有之、御國用之直段に不響樣取締方出來之儀に候得者、餘分他國出承屆、去々年春中村助太夫え申談候處、仕法方指出候に付、御郡方遂僉議紙面等相達候處被承屆候。依而右仕法帳等相達候之條、主附問屋七軒被申付、猶又御郡示合、仕法方改而ヶ條書いたし取立可指出候。其上に而可指圖候。尤御郡方へも右之趣申渡置候。
 一、御國用見圖方、右問屋共手前に而急度可相心得、他國出之分は利潤も可之に付、御國用之儀は今一割宛も追々下直に相成候樣可取計。依而問屋下付之者ども致私熟(マヽ)、人々買入之分平等之他國出爲致可申候。萬一洩物等不縮之儀有之候はゞ、吟味之上嚴重可沙汰候。
 一、他國へ遣候節は、其時々問屋より願出、聞屆之上可差遣候。此分判賃之外に、一丸に付二匁口錢可指出候。地拂之分尤口錢相懸け申間敷候。
  但、一丸並一束之呉蓙數、小呉蓙とも相違も有之候はゞ、巨細に可書出候。
 右之趣被其意、自然右によつて直段引立候樣之儀有之候はゞ、早速可指出候。且當年之儀は、先達七百丸出津聞屆置候に付、此上之俵は今一遍直段不引下而者出津難承屆候。是等之趣可申渡候。以上。
    申二月晦日(嘉永元年)                    御  算  用  場
      服部貞右衞門殿
〔小松町舊記〕