石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第七節 製織

寛延三年九月小松了助町御座屋又兵衞といふ者、町奉行に請ひていふ。近年の生産不良にして價格連りに騰貴し、屋にしてを仕入るゝこと能はざるものあるが故に、の産額隨ひて減少せり。且つ先年來の代は一ヶ月切に仕拂ふの商慣習を有したりしが、本年秋以降宿等現にあらざれば賣渡さず、爲に益屋の困難に陷りたるを見る。若し又兵衞をして散絹屋仕入問屋並びに問屋を營むを得しめぱ、散屋に資銀融通して生産額を増加せしめ、以て益の一端を補ふことを得ん。の賣買に關して收入する口錢は尚從來の如しといへども、問屋以外の宿にて賣買するものは百目に就き一分宛を徴し、屋の外に出でゝ直接買入るゝに對しては固より之を徴せず。更にの重量を目改所にて檢したりしことを罷め、自今之を又兵衞一人に命ぜんことを望む。その打賃亦舊の如くなるべし。問屋營業に對する運上としては、毎歳白十五枚を道方の費用中に納附せんと。奉行乃ち又兵衞に問屋たることをのみ許し、宿の賣買に一歩の口錢を收入することゝ、目改を委任することゝは之を卻けしが、後又一歩口錢を許し、之に對する報償として道役所に毎歳十枚を納むべしとの指令を與へたり。この後久しきに亙りて製絹に關する文献を發見する能はず。僅かに明和六年五月絹肝煎より新出來の期將に近からんとするも、方今相場極めて下直なるを以て、高直の購入せざるに注意すべしと通牒したるの類を見るのみ。