石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第四節 林業

羽咋郡荻谷に岡部七左衞門あり。元文より明和に至る間附近諸村の十村たり。七左衞門その海岸一帶に植林の必要を認め、樹苗を給付して之を奬勵せしに、大に實績を擧ぐるを得たり。七左衞門の村肝煎を招集して諭示せる書状現に存し、如何に彼が目的を貫徹するに熱心なりしかを見るに足る。七左衞門安永四年四月を以て歿するや、塵濱の村民等その徳を追慕し、寛政六年四月村端に一祠を建て、肝煎吉田十兵衞の靈と共に之を祀る。宇賀神社と稱するもの即ち是なり。

 各被罷出太儀に存候。頃日植松緑も心克延び、並砂畑蒔植仕置候物大勸(マヽ)に相見え、拙子多年工夫仕候通り、少々宛茂林立候躰に相見え、勿論砂畑に仕、指當其村中少々宛も、人々にタソク[多足]に相成可申与、於拙子限悦申儀に候。然上は松木御縮方屹度相守、勿論諸事縮方猥之族無之樣に、村中妻子迄も常々可申付置事。
    戌 五月十九日                  荻谷村  七左衞門
      塵濱村肝煎組合中
〔岡部氏文書〕