石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第四節 林業

の初期に於いて保護を加へたる林木中、最も主なる種類は松なりしが、農民に在りては甚だしくその生育を欲せざりき。何となれば、松の成長して大樹となる時は、日光を遮りて農作物の收穫を減ぜしむるのみならず、樹蔭に雜木・柴草を生ずること多からざるが故に、燃料を得て市にぐこと能はざると同時に、枝幹の伐採には嚴重なる規程ありて、農民所有の林地といへども殆ど有たると擇ぶ所なかりしを以てなり。是を以て農民中稚松を見るときは徃々にして之を拔き捨つるものすらありしかば、前田利常は一面苗松の植栽を奬勵し一面にその監視を嚴にしたりしが、次いでその保護すべき樹種を増加して七木とせり。而して七木に對する規程を設けたるは、元和二年七月能登に下したる御定書に、松・杉・檜・槻・栂・栗・漆の伐採に制限を加へたるを初とし、慶安五年に至りてその樹種を松・杉・檜・栂・槻・桐・栗の七種に改め、享保五年の書上には松・杉・樫・栂・槻・桐・栗の外に唐竹とし、加賀に在りては寛文六年松・杉・樫・槻・桐・唐竹とせり。而して越中新川郡加賀の唐竹を缺き、同國礪波・射水郡は能登の栂・樫・唐竹を缺く。之を以て中期以後の法令に五木七木と連用せらるゝものは、寛文の加賀の制と享保能登の制とを併せいふなり。後慶應三年七木の制を改め、加賀越中能登の三州を通じて松・杉・槻・樫・檜・栂・唐竹とす。是等の樹種は、藩有林たると民有林たるとを問はず、容易に伐採することを許さゞりしなり。唐竹は即苦竹にして、刀劔の目釘又は弓を作るに用ふるものとし、内にこれを産するに至りたるは、前田利常が山城の八幡より移植したるによると傳へられ、之が伐採を制限したる結果石川郡八幡・三宮等に大竹林を生じたること、『八幡三宮の竹切る時は一里音する二里響く』と謠はれたりしを以て知るべし。後地方によりて全くその禁を解き、若しくは細幹の伐採を自由ならしめたり。

 一、能登國中山々材木之事、杉・檜木・松・栂・栗・うるしの木・けや木等、下々爲賣買伐採候事堅令停止候。當地用所におゐては、印判次第きらせ可申候事。
 一、右之外雜木、分國中にて賣買いたし候事令赦免候。最前如申出候三輪藤兵衞・大井久兵衞切手を以出し可申候。自然他國え指越候に付而者、相改、急度可申付事。
 一、竹大小によらず、切取候事堅令停止候。用所におゐては、印判を可遣候事。
 一、にが竹(苦竹)、此方より遣候奉行人令相談きらせ、ね(價)程を定可之候。但年々切取候竹之内、五分一其村百姓に可之事。
 一、能州氣多社はやしの事、宮廻二町四方令寄進候條、牓示を定社家中に可相渡候。其外の材木、此方用所次第印判を可遣候事。
 右相定之所、無異儀候樣に可申付候。若猥之儀於之者、兩人可越度者也。
    元和二年七月二日                  印(利常
     三 輪 藤 兵 衞
     大 井 久 兵 衞
〔慶長以來御定書〕
       ○

 石川・河北兩郡松山御林之竹木縮之儀被仰出候條、折々山を廻り、無由斷樣に可申付事。
 一、松山御林之竹木、手寄之在々に預置、縮之儀は十村頭え申付、山茂り候はゞ、樣子見計、下刈之枝葉百姓えとらせ可申事。
 一、松・杉・桐・槻・唐竹・樫御用之外爲伐申間敷候。但百姓持高之内有之分は、前々被仰出候通被下候間、自然御用に伐取候はゞ、其時々奉行人代請取相渡候樣可仕候。大木・大唐竹之儀は、聞屆伐取候之樣可申付事。
 一、栗之木は百姓支配に被仰付候間、隨分茂らせ、百姓たそくに可仕事。
 一、御用に伐取候竹木之分、不多少、時々御奉行人切手に、御用所御印有之を以可相渡事。
 一、雪折・立枯松・末木枝葉之分は、土瓦燒薪に、御奉行切手算用場御印を以可相渡事。
 一、百姓火事に逢候歟、又は家破損修理等仕候に付而被下材木之儀、遂吟味十村書付を取、御算用場御印を以可相渡事。
 一、御用に伐候竹木、向後所々百姓に遣不申、末木枝葉取集肝煎え預置、切手を取、拂方算用場以相談猥に無之樣可申付事。
 一、毎年正月御城中飾松竹、同御家中え被下松、別紙帳面に記遣候間可其意候事。
 一、むざと松木取あつかひ候者有之候はゞ、可吟味候事。
 一、松木・御林之竹木盜候はゞ、何ものによらずとらへ、籠舍又は裁許人え可相斷、見屆候者には褒美を可下事。附、百姓分盜候はゞ、其身追出、其村一作免一歩上可申事。
 一、雪折・風折・立枯、念を入可相改事。附、雪前無滯竹ま(卷)かせ可申事。
 一、所々明地を見圖、木之實をま(蒔)かせ可申事。
 右被仰出候通相違有間敷者也。
    寛文六年九月二十八日                  奧  村  因  幡
                                奧  村  河  内
                                前  田  對  馬
                                今  枝  民  部
     石川・河北兩郡山奉行
〔御定書〕

      ○
 七木之儀に付、詮議之趣有之、相改候箇條左之通。
 一、是迄三州七木區々に付、以來松・杉・槻・樫・檜・栂・唐竹を三州共七木と相定可申事。
 一、今般御領國中御林、大凡一村一ヶ所と相定、其外百姓稼山に被仰付候事。但、本文之通、御林一村一ヶ處と相定候得共、海邊或は平野等に村建有之候而、是迄御林之村柄之分は是迄之通に候事。
 一、右之通、百姓稼山に就仰付、是迄用水掛樋及道橋自普請之箇所等、依願松木相渡來候得共、以來不相渡候間、兼て其心得可有事。但、持山無之村方之分は、松木渡方是迄之通に候事。
 一、稼山之雜木は無極印七木は裁許十村え申達、山廻極印請取扱可申事。
 一、御林箇所之外、御領國内之七木並往來並松之儀は、御林同樣之事。
 一、村々之境木は伐木不相成候事。但内縁有之分は、其掟を可相守。且是迄拜領松相願候寺・社家等有之候得共、以來相願候共容易不承屆候間、兼而其心得有之、境内等に仕立置可申事。
 一、今般御取立に相成候御林、御縮方之儀は是迄之通候事。但、賊伐之取扱方、御郡等により不同。以來御林賊伐之者相知れ候者、公事場へ可引渡候。賊伐之儀他村より相顯候ば、賊伐に逢候村一作過怠免一歩上可申付。其村より見付候ば不過怠候。尤稼山之内賊伐之分は、外盜賊同樣之事。
 一、御林伐木之節、末木は入札拂、枝葉は其村より人足指出伐木之節は、右伐賃之方へ可相渡、外手合にて伐木之節は相渡申間敷候事。
 一、右之通被仰付譯は、百姓爲め宜敷樣にとの御趣意に候條、今度取立候御林之外、地味並地利に隨ひ、仕立方相勵候樣可申渡。爲見分當場役人差出候條、前廉十村手合に而御林取立箇所見計、假杭打入、字等帳簿へ仕立、一組切爲書出、取集早速可提出候。猶更右仕立方等、當場産物方承合候樣可申渡候。前文之通候得共、御林箇所取極候迄は伐木方是迄之通相心得候樣夫々可申渡。稼山運上等之儀は、追々可申渡事。
 右七木之儀に付、詮議之趣、委曲年寄中え相達置候所、今般右之通相心得候樣被仰渡候條、可其意候。以上。
    卯  (慶應三年)四  月                    御  算  用  場
      加州御奉行
〔御定書〕

眞松商賣免許花屋額面 金澤市古津谷徳兵衞氏藏