石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第三節 農業(下)

作食米は、百姓の出作(デサク)する頃より食糧として要する米にして、は春季に於いて之を貸附し、その年内に返還せしめて藏納し、翌年春に至れば又貸附せらる。凡そ作食米を保存するには、諸郡に作食藏といふものあり。貸附の方法は、時代によりて異なりといへども、概ね一番作食は二月、二番作食は三月に於いて貸附し、十月若しくは十一月に至るときは二割の利子を加へて返納せしめたり。但し寛文中の規定に利なしに貸附すとあれば、初はかゝることもありしなるべし。かくて作食米貸附は多年に亙る恒例たりしが、寶暦・明和の交より凶作あるに際し、作食米が明春に至れば再び貸附を受け得べきものなるが故に、糠等を俵裝して返納米に擬するものありき。是に於いて天明元年、毎歳必ず貸附するの法を止め、既に貸渡したる米は年賦を以て返上せしめ、生計困難なる村方に限りて新たに貸附し、その返納を十ヶ年賦と定めたりしが、五年に至りて全く之を廢せり。然るに文化八年に至りて作食米再興の議あり。九年には夫食貸米を止め、作食米壹萬四千石を貸附し、概ね十ヶ年賦を以て返上せしめ、尚年々増石せんとの計畫なりしが、多年夫食米を以て生計を維持し來りたる困窮百姓等は作食米の年賦返上を爲すこと能はざりしを以て、十年三月この一萬四千石を跡々貸米の中に編入して返上せしむることゝしたりき。