石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第三節 農業(下)

免の比率即ち免相(メンアヒ)を定むるには、一村惣高の收穫量を知らざるべからず。而してこの收穫を定むるには歩苅の法に因り、改作法施行以後に在りて歩苅を行ひたるは、明暦二年八月越中國礪波郡石坂出村に對して爲せるを初とす。

    明暦二年八月晦日山本又四郎被仰付、御郡田地出來米御覽可成旨に付、礪波郡石坂出村吉兵衞田地苅上田に被仰付候事。
 一、上田四歩苅    此籾五升七合
 一、中田四歩苅    此籾五升一合
 一、下田四歩苅    此籾三升二合
   歩數〆   十二歩
   籾 〆   一斗四升
 右一歩に藁數二把、平均一反に付六十束
 右之籾高、高橋作右衙門・坂井忠兵衞に爲致申候。
 右一歩苅之籾、御扶持人島尻村刑部相見仕、免圖り上可申旨御意に付有米圖り覺。
 一、五合八勺三才    右二ッ折にして一歩當り。
   此米一反當り二石九升八合八勺 但三百六十歩一反にして。
   内二斗四升一合六勺  (四勺カ)口米夫銀、但夫銀石に付二十八匁にして。
    一石(殘)八斗五升七合(四勺カ)
 此米免ニ仕候得者十二免三歩。此内六分百姓へ被下、四分御收納にして、五ッ成に可召上分。
〔河合録〕
上記の計算は、上・中・下田に就き一歩に産する籾を量りて一升一合六勺七才を得、籾殼を脱して玄米二分の一を得るものとせば、その量は五合八勺三才にして、越中に於ける田一反は三百六十歩なるが故に、一反の玄米は二石九升八合八勺なり。又明暦中の口米定納一石に付八升にして、夫銀定納一石に一匁四分なるが故に、一石の價二十八匁とすれば一匁四分の米量は五升なり。故に口米夫銀の合計は一斗三升とし、二石九升八合八勺を口米夫銀一斗三升と定納一石との比に分かつときは、前者は二斗四升一合四勺となり、後者は一石八斗五升七合なり。然るに越中の斗代即ち一反の公定産米額は一石五斗なるを以て、一石八斗五升七合の實際産額は十二割三歩八厘即ち五捨六入して十二割四歩に當り、之を四公六民の比に分かつときは定納は四割九歩六厘に當る。依りて更に五捨六入して一反の斗代に對し免五ッを徴すべしといふなり。