石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第三節 農業(下)

免は、他に於いて厘付といふものに當り、田地の草高に對して百姓の上納すべき租米の比率をいひ、前田利常改作法施行以後その徴收定免法を採用せり。定免法とは、一村毎に租率を定めて、毎年豐凶に拘らず定額の租米を上納せしむるものにして、作況の實際に從ひて増減する檢見法に對する名目とす。而してこの定免法に據れることは、加賀藩農政上の一特色にして、その免相(メンアヒ)を算出する方法は後に歩苅の項に述べたるが如し。免相とは免の歩合のことなるが故に、寧ろ免合と書するを正しとすべし。免の語義に就いては、河合録に『たとへば草高百石之村方、惣取揚米も百石有之處、不殘納所する筈には候へども、作方入用・百姓夫食にも入用なる譯に付、百石之米之内四十石を納る事に免許有之と申意味歟と申考有之。』と解説すれども當らず。蓋し免は元來公納の意にあらずして、百姓作徳の率を指したるものとし、領主より見て之を免と稱すること極めて適切なりしなり。然るに慶長十一年の頃に至り、免の字義は從來と全く相反し、領主の取箇(トリカ)即ち收納率を指すことゝなり、草高に免を乘じたるものを物成何石何斗と計算するに至れるなり。但し何が故にかくの如く變化せしかの理由は明らかならず。左記の文書は、免を百姓作徳の比率に用ひたる例にして、その一俵といへるは、天正十五年以前は三斗なるも十六年以降は五斗なり。

                   三輪彌七郎 代官
     天正十六年分
                    嶋之内  岩屋村
 一、二百二十一俵八升三合五勺       高
    此内六十六俵一斗七升五合      三免引
   百五十四俵四斗八合五勺        定 納
   出來分
   五十三俵三升二合
    此内廿六俵二斗六升六合       五免引
   廿六俵二斗六升六合          出來分 定納
    合百八十一俵一斗七升四合五勺
     此 内
    百七十六俵一斗二升八合       彦七笠間 請取之面
   殘て
   五俵四升六合二勺           未  進
                       さしをき候也。
     以 上
 右皆濟件。
    天正十七年九月十三日            印(利家
〔石川縣租税史〕

      ○
  七尾古屋敷方
 一、二百十五俵一斗二升五合        高
    此内五十三俵四斗六合二勺      二半免引
   百六十一俵二斗一升八合八勺      定納[三左衞門 喜  兵] [藤十郎 宗 兵]請取之面
 右皆濟所也。
    天正十九 七月二十六日           印(利家
〔石川縣租税史〕