石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第三節 農業(下)

田地の廣狹を地積にて呼ばず、その地より生産する米穀の量を以て表すことあり。之を高と稱す。一定の面積に産する米穀の量は、土性と豐凶とによりて各異なりといへども、この場合に於いては概ね米一石を生産する田地の面積を假定し、之を以て全面積を除したる商により高何千何百石とはいふなり。一石高の面積は、加賀石川・河北二郡及び能登に在りては二百歩とし、越中に在りては二百四十歩とす。これ田一段より穫る籾を三石とし、之を磨りて米一石五斗を得との法、即ち一石五斗の斗代若しくは十五の石盛といふものに基づき、而して加賀能登とは一段三百歩たり、越中は一段三百六十歩たるが故に、前記の如き一石高を得るなり。加賀の中能美郡は、一段三百歩にして斗代を一石七斗とするが故に、一石高は百七十六歩四厘に當る。高は又草高とも稱することあり、稻を生ずる地の高を意味す。畑も又之を田に換算して草高とし、畑の面積二を田の面積一に當つるを二つ折といひ、畑の三つを田の一に當つるを三つ折と稱す。かくて高の語義は、元來米穀の生産量を表すものなりといへども、轉じて田地の廣狹を計る基準となり、又屢田地そのものと同意義に用ひらるゝことあり。