石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第二節 農業(中)

西川長右衞門、初の名は吉平河北郡大場村の農吉左衞門の二子にして、文化四年八月生まる。吉平深く農事に志あり。嘉永六年六月十九日昧爽田園を巡りて稻の發育を見るに、皆穰々として穗を垂れ、豐年の兆既に明らかなるものあり。當時この地方の農家に栽培する米種を巾着と稱し、中稻種にして種子に棘あるものなりしが、吉平偶之と異なるものゝ混ずるを認め、その穗を拔き來りて檢するに、從來未だ曾て見ざる良種なりき。吉平乃ち大に喜び、培養兩三年にして益好果を得、遂に種子を隣人に頒つに至れり。是を以て世人吉平坊主と呼びしが、後大場坊主といはれ、加賀米種中最上のものとなる。長右衞門明治十一年二月歿し、大正二年十月農商務大臣の追賞を得。而して大場坊主は昭和の即位大典に、瑞穗の名を以て滋賀縣の悠紀田に播種せられたり。