石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第二節 農業(中)

水内六左衞門石川郡村井村に住せる十村なり。享保に請ひて同郡徳光・竹松・倉部諸村の海岸砂地を開墾せんとし、數千間の用水路を掘鑿し、十年を經て功を成すことを得、自村の民を移してこゝに居住せしむ。その功を録して賞を與へんとす。六左衞門乃ち請ひて、新村の在る所村井と一里餘を隔つといへども、尚名づくるに村井新を以てせんことを以てして許され、元文二年閏十二月之が村御印を得たり。六左衞門又享保三年福留の人林楚太郎と謀り、運上島等七ヶ村の荒無を開拓し、十一年竣功せり。この地もと手取川の河床たりしを以て手取川開と稱す。次いで享保七年平加より鷺森に至る海岸の砂地を開墾し、十九年に至り之を各村地内に組込めり。元文五年加賀藩領近江今津・弘川の地湖水の爲に浸害せらるゝを以て、六左衞門に命じて波除工事を爲さしめ、遂に功によりて扶持高四十五石五斗を賜ふ。明和三年九月廿八日死するとき年七十五。