石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第二節 農業(中)

百姓の質素を旨とし業務に勵精せざるべからざることは、が機に觸れ時に應じて諭告する所にして、衣食住の程度より冠婚葬祭の儀・娯樂の種類・交際贈答の末に至るまで、詳細に規程せられたるを見る。

 一、此以前より如申付、在々諸百姓奢たる儀不仕、農業を專にいたし、進退(身代)つゞまやかに常々心懸、諸事無油斷はげまし可申事。
 一、家作は自今以後二間梁、ひさしは六尺に過べからず。但、高多持候百姓土之間廣く仕候儀者不苦。並往還筋人宿仕候ものは各別之事。
 一、なげし作・杉戸・附書院・くりかた・彫物・組物一切無用。床ぶち・さん・かまち等塗候儀、並から紙はり付堅令停止事。
 一、衣類之儀、跡々定置通、木綿・布之外着用仕間敷候。但、十村並扶持人之儀者、男女共紬令免許事。
 一、向後百姓之衣類、男女共に紫・紅に不染。此外之諸色、かたなしに染可着用事。
 一、百姓食物、常々雜穀を可用、米猥に不食事。
 一、十村並扶持人・惣百姓男女共に、乘物一切停止之事。
 一、神事或葬禮・年忌之法事、或婚禮・諸事之祝儀等に至迄、百姓に不似合結構事。附、相撲・あやつり人形遣、其外見物之類一圓停止之。勿論一夜に而も宿かし申間敷事。
 一、常々申付置候改作之定、急度可相守之事。附、脇指一切停止之事。
 右條々堅相守候樣、十村並扶持人・肝煎常々改之可申付。若令違背もの有之者、十村・扶持人・村肝煎より、郡奉行改作奉行え急度可申達。自然かくし置脇より令露顯者、十村並扶持人・村肝煎迄可曲事者也。
    寛文八年七月六日                印(綱紀
〔御定書〕
       ○

 一、小百姓は不申、御扶持人・十村・長百姓たりといふ共、常に振舞之つきあひ仕間敷候。神事或葬禮・年忌之法事或よめどり・むこ入祝儀之刻、親類・縁者寄合候共、一汁・三菜香之物共に、酒二へんたるべし。後段之振廻何にても出すまじく候。御扶持人・十村・長百姓迄も、諸鳥並不似合肴など調候儀御停止之事。附、祝儀に付刀・脇指遣候儀無用之事。
 一、御郡百姓御扶持人・十村より、給人其外侍・町人え音信仕儀、御停止之事。附、年々藏宿など仕候ものは跡々之通たるべき事。
 一、誰々によらず往行之刻、宿主たりといふ共送迎仕間敷候。御用又は斷有之罷出候儀者各別之事。
      以  上
    申七月六日(年不詳)
〔御定書〕