石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第二節 農業(中)

村肝煎は一村の頭首たるものをいひ、一村一人なるを普通とすといへども、その大高村たり又は山方にして數所に分散する如き場合にありては、兩三人を有することあり。天正十一年十二月朔鹿島郡黒崎村の助及び佐々波村の九郎左衞門に各米一俵を賜ひ地下を肝煎らしむといへるもの、是れその濫觴なるべし。地下は總百姓ともいひ、肝煎るとは周旋差配するの義なり。村肝煎は、一村に關する收納方を初とし諸事を管するが故に、單に人物の善良なるを要するのみならず、資産も持高二石以上たらざるべからず。而してその俸給は、一村中より余荷(ヨナヒ)として徴收する肝煎扶持米による。肝煎扶持米は一時給米ともいひしが、安永四年より之を復舊せり。村肝煎の選任は、頭振を除きたる全村民の一致したる意見によりて申請し、改作所の認可を經るを古法とせしが、寛文八年より同苗の同意によりて申請するの例を開けり。同苗又は同名とは仲間を意味するものなるが、この場合には組合五ヶ村の肝煎を指すなり。同苗若し合意する能はざる時は、御扶持人十村及びその組の十村之を定めて申請す。見付肝煎といふもの是なり。小村にして村民中に肝煎たるべき適任者なく、隣村の肝煎常に兼務する時は、之を寄肝煎と稱す。もしその兼務の一時に止るべきものは兼帶肝煎といふ。又惡習慣を有する村方を改善せんが爲、他村の者に就き任命し、その村に移住して職務を執らしむるを引越肝煎と稱す。肝煎の後任たることを承諾するものなき間臨時に之を命じ、又はその村を改善せんが爲に他村の組合頭等を加へ、又はその器量を試むる期聞に屬する時は之を肝煎當分加人といひ、當分肝煎といふも之に同じく、その組裁許の十村限り任命するものなり。一村に事故ありて調査を要するとき、裁許の十村よりその組内にて年功あり技量ある肝煎を臨時に使役することあり。之を加役肝煎又は加役人と稱す。宿所(ドコロ)・町方・浦方の肝煎は、村肝煎に似たりといへども、郡奉行及び改作奉行の認可を經ざるべからざる點に於いて異なりとす。