石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第二節 農業(中)

十村は又代官を命ぜらる。代官とは、百姓に對して上納する米穀を監査收入するものをいふ。萬治元年以前は十村中に代官を勤むるものと勤めざるものとありしが、この年以降一統に之を命ぜられき。十村以下代官たるべきものは改作奉行之を定め、代官割所に通牒し、代官割所より代官帳を代官に下附す。代官帳一册に記する所は收納米五百石と稱すといへども、實は正米三百三十石に當る。而しての法定納一石に付口米一斗一升二合を徴し、その中二升を手數料として代官に給するものなるが故に、三百三十石に對する代官の收入は六石六斗となるべき筈なりといへども、定納米一口毎に端數を去る時は代官帳一册を取扱ふ實收入は六石四斗餘となり、無組御扶持人十村無組御扶持人十村代官帳五册を、御扶持人十村御扶持人十村代官帳四册を、平十村及び平十村並にして裁許の組を有する者は代官帳三册を受く。文政四年十村を廢して年寄とし、郡奉行代官の事を掌るや無口米とし、天保八年再び代官年寄等に復するに及び口米を半減し、十年年寄を改めて十村の舊名にかへしたる後も亦之に同じ。かくて上述の如く、無組御扶持人十村代官として最も多くの口米を所得すといへども、その職一郡を統轄するにあるが故に、屢御郡所・改作所等に出頭することを要し、隨つてその費用甚だ多きに上るのみならず、組裁許を爲さゞるが故に鍬役米を得る能はず。是が爲に收入の總額尚反りて御扶持人十村に及ばざりしかば、弘化元年以降加賀に於いては別に一人に付米二十石、能登越中に在りては三十石を改作所別除米より支給せらるゝことゝなれり。代官にして九月晦日以前に新任せられたるものは口米の全額、十二月二十日以前のものは半額を給はり、その以後に屬するものは當年の口米を得ること能はず。代官の職務に關する規程は、收納藏に懸札として掲示せらる。