石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第二節 農業(中)

改作は初め多く開作の字を用ひ、耕地整理・新田開墾・農事奬勵等の意味を含蓄せり。改作法の執行は、前田綱紀施政を攝行したる利常によりて慶安四年より着手せられ、伊藤内膳等を奉行とし、御扶持人十村等を小松城内に延きて事務を執らしめ、明暦二年に至りて略成功せるものなり。その法、米穀の産額増大を以て國益の第一なりとし、耕作を勵まして農民の貧窮に陷るを防ぎ、作食米を貸與して力役に堪へしめ、隱田を禁じ、新開を奬め、租率は一村を通じたる免相(メンアヒ)に從ひ、年々の豐凶によりて變動することなからしめ、未進即ち租米不納を禁じ、給人知行に對する平均免を大ならしむるに拘らず、收納を確實ならしむる等の方法を講ずるに於いて、他の諸藩に多く見るべからざる美績を擧げ得たり。而して利常勸農に力を致したる程度の如何なるものなるかに就きては、明暦三年越中村吏に與へたる命令に見るも亦その一斑を知り得べし。

 一、女子までをもいだし、開作勢子可入事。但、百姓氣詰りに無之、浮立々々候樣心得可申候。
 一、牛馬をころし候か、不慮にて開作入用銀つかへ候はゞ、百姓の申まゝにかし渡候樣、てんをかゝさぬ樣笹島豐前に可申聞事。
 一、役に立まじき百姓は早々入替可申事。
 一、晝夜付て居申程に心得、打廻りうち廻り可申事。
 一、皆濟さへいたし候得者、それをよきと心得候義あしく候。皆濟をいたし、いかにも百姓つよく成立候樣、常に心にわすれまじくもの也。
    二月廿一日(明暦三年)                印(利常
      射水郡 十村 島村次郎右衞門
      津 幡    江 村 宅 助
〔河合録〕