石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第五章 殖産製造

第一節 農業(上)

秀吉の施行したる檢地は、慶長三年に於いて越前に及び、同時に能美郡白山々麓の十六村に及べり。この地は當時青木紀伊守秀以[初名 一矩]の所領に屬し、地勢によりて自ら東谷と西谷とに別たる。是を以て秀吉は、東谷の檢田使として吉田益庵を、西谷の檢田使として朽木河内守元綱を派遣せしも、その手續極めて簡易にして、天正五年柴田勝家檢地したる結果に基づき、單に水帳を新たにせしに止るものゝ如し。されば白山々麓村村由緒には、『東谷は吉田易(益)庵樣御檢地と而御越被遊。其節勝家公え申上候通、往古社家所無年貢之始末より、谷中樣子柄奉申上候處、土地柄御見物有之、御繩入に不相成勝家公之御極通りに御居(スエ)置被成、御水帳被下候由に候。』といひ、又『西谷五ヶ村之儀、慶長三戌年太閤樣御役人朽木河内守樣御越、御檢地入に相成候由。是茂聢與御繩入に相成候而、反別位譯(分)被成候儀とも不相見、土地之廣迫山内御見積り、水帳御認御渡被成候由に候。』といへるにても之を見るべし。東谷及び西谷の水帳は、その後多く紛失又は火災の難に罹り、西谷中四ヶ村の寫本のみを傳ふ。今その一例として西谷に屬する新保村のものを擧ぐといへども、間々計數に誤記あり。その中に半と記されたるは、鎌倉以降一段三百六十歩の三分の二即ち二百四十歩を大歩といひ、三分の一即ち百二十歩を小歩とし、二分の一即ち百八十歩を半歩と稱したる遺風によるものにして、この場合にては一段三百歩なるが故に、半歩は即ち百五十歩として算せられたるものなり。

     (表紙)紙數九枚[在判]上下共ニ      慶長三年[在判]六月廿八日
 越前國北袋之内西山新保村    御檢地
                       朽木河内守打口
   (本紙)越前國北袋西山之内新保村御檢[在判]地帳
 中  六畝廿分      五斗三升三合        甚     六[のましろ]
 上  半廿六分[同]     五斗二升八合        甚  三  郎
 上  四畝廿分[同]     四斗二升          同     人
 上  六  畝[同]     五斗四升          同     人
 下  三畝廿四分[同]    二斗二升八合        同     人
 中  一反七畝十八分[わたらせ]  一石四斗八合        甚  三  郎
 中  七畝六分[同]     五斗七升六合        彦     内
 中  六畝廿分[同] 永荒  五斗三升三合        甚  三  郎
 中  半十分[同] 當荒   四斗二升七合        同     人
 中  九畝十分[道ノ下]     七斗四升七合        彦  七  郎
 (以下十項略)
     畠  分
 下  二畝八分[向畠]      六升八合          甚     六
 下  六畝廿歩[同]     二 斗           同     人
 下  一 畝[向畠]      三 升           甚     六
 下  六 畝[同]      一斗八升          甚  三  郎
 下  廿 歩[同]      二 升           與 三 二 郎
 下  一畝十二分[同]    四升二合          與 三 二 郎
 上  二畝十歩[同]     一斗六升三合        ゐ ま き し
 上  四 畝[同]      二斗八升          正     □(資カ)
 中  半十分[明屋敷]       二斗六升七合        道     場
 (以下二十三項略)
 屋敷 一畝十八分     一斗一升二合        甚  四  郎
 屋敷 一 畝      七 升           甚     六
 屋敷 一 畝      七 升           彦  七  郎
 屋敷 一畝廿六分    一斗(マヽ)三升          衞 門 二 郎
 屋敷 二畝廿四分    一斗(マヽ)九升八合        彦     内
 屋敷 一畝廿六分    一斗(マヽ)三升          左 衞 門 三
    以  上 上田 一町一反四畝十一分   分米十石(マヽ)二斗九升    九斗代
 中田 五反半十一分      分米四石(マヽ)二斗二升七合  八斗代
 下田 一反一畝七分      分米六斗七升四合    六斗代
 下荒 一反二畝        分米七斗二升      六斗代
    田合一町九反二畝廿九分
 上畠 三反七畝十八分     分米二石(マヽ)六斗二升七合  七斗代
 中畠 四反二畝十分      分米二石(マヽ)二斗一升八合  五斗代
 下畠 二反二畝十分      分米六斗七升      三斗代
 下荒 八畝廿分        分米二斗六升      三斗代
    畠合一町(マヽ)一反一畝
    屋敷田畠合三町(マヽ)三反廿九歩
    分米合二十一石(マヽ)四斗九升六合
 右今度御檢地之分(上カ)を以相定條々
 一、六尺三寸之棹を以五間・六十間三百歩一段相定候事。
 一、田畠並在所之上中下、能々見屆斗代相定候事。
 一、口米一石に付而二升宛、其外役米一切不出候事。
 一、升を以年貢米可納所候。うりかひも同升たるべき事。
 一、年貢米五里は百姓として可相屆候。其外は代官・給入として可持事。
    慶長三年六月廿八日                 朽 木 河 内 守 在判
〔能美郡新丸村藏寫本〕