石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第九節 鑄工

横河氏あり。城東油木山に邸地を賜はりて鑄造の業に從へり。横河氏の祖を九左衞門といひ、子孫皆この名を襲ぐ。法名又は實名によりて之を分かつときは初代を宗圓、二代を宗玄、三代を智閑、四代を永晃、五代を善良、六代を永久、七代を永教、八代を永壽といひ、永壽の子九代長久に至りて家名大に顯る。長久は幼名を虎次郎といひ、次いで九左衞門に改め、後に五郎右衞門と稱す。その製作頗る優秀、宮崎義一と相伯仲すと言はれ、殊に鑵子は一種の風格を備へ、銹を生ずること少きが故に點茶家の愛重する所となり、花器・香爐等製のものも亦光彩色澤並びに古逸品に讓らず、良工苦心の跡を見るべし。世に名人九左衞門といはれたるもの是にして、文政末年に歿せり。その寛政十一年四月に造りし鐵製置燈籠は金澤高道新町心蓮社に傳へて、横河五郎右衞門長久と鐫せられ、文政二年能美郡小松郊外天滿宮寄進したる製吊燈籠には、加州金澤佳御鑄物師横河五郎右衞門尉永久と刻せり。後者の文字は書家高田方水の筆に成りたるものにして、長久を永久と誤りたるなりといふ。二代長久亦九左衞門と稱し、作風頗る父に似る。心蓮社に藏する寛政十二年寄進の青花瓶に横河九左衞門とあるは彼の製作なるべし。三代九左衞門長久の手腕亦精妙、心蓮社の雲龍式青燭臺及び香爐は横河九左衞門の銘を有し、萬延二年の作なり。明治二年歿す。