石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第八節 鏤工

山川孝次は初名を山屋八十吉といふ。天保中柳川春茂の門に入りて技を習ひ、尋いで師の偏諱を受けて茂孝とへり。春茂はもと内田氏、通稱甚三郎。江戸の人にして、柳川氏四世直春の門に學び、遂にその氏を冐すことを許され、文政中金澤に來りて業に從へるなり。葢し横谷宗珉風の彫法を輸入せしは此の人に依る。孝次之を學びて能くその堂奧に達し、鏨痕優麗瀟洒、一時稱して加賀宗珉と言はるゝに至れり。文久二年の白職として二人扶持を給せられ、明治十五年歿す。