石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第八節 鏤工

水野好榮の第二子を源六好房と稱す。寛永中父と共に金澤に來り、五人扶持を給せられて白職となり、次いで正保三年高岡町に邸地を賜ひて一家を興せり。後藤悦乘の江戸に歸るや、好房命を奉じて製作に從ひ、貞享四年歿す。二代源六照喜は天和二年白職となり、貞享四年家を繼ぎて元文二年に歿し、三代源六多光は享保九年白職となり、元文二年家を繼ぎ寶暦十年歿す。多光は當時の良工にして、寶歴元年桑村克久・後藤久清と共に北野神社寄進の太刀に裝具を施せり。四代源六光政はもと之鍛工大河端屋某の子にして、多光の門に學び、遂に養はれて嗣となる。寶暦七年白職となり、十年家を繼ぎ、寛政十二年歿す。その技精妙にして大に時人の喜ぶ所となる。五代源六光益は、光政の門人鈴木光弘の第二子にして、初名を久四郎といへり。光政子なきを以て享和元年入りて家を繼ぎ、文化十三年歿す。光益亦柄卷師北川長藏の弟を養ひて嗣とす、六代源六光則といふもの是なり。光則文化十三年家を繼ぎ、天保九年歿す。七代源六光和は鞘師高尾某の子にして光則に養はれ、光則の歿するに及びて家を繼ぎ、二人扶持を給せられ、安政二年白棟取となる。文久二年光和積年の勤勞を以て三人扶持を受け、慶應二年歿す。八代源六光春之に次ぐ。光春は材木町の桶工谷屋某の子にして、明治二十八年歿せり。