石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第七節 冑工

明珍治郎兵衞は大聖寺の人なり。本姓を桂といひ、諱を宗修と稱す。江戸に出で、明珍主水宗治に就きて甲冑の製作を學び、その技に精熟せるを以て、安政四年五月明珍氏を冒し、五七桐の家紋を用ふることを許さる。後に歸りて七人扶持を給せられ、主及び諸士の爲に甲冑・鍔等を製作せり。明治十四年四月四十九歳を以て歿す。