石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第六節 刀工

關系の第四に兼久あり。その家を木下氏と稱す。
 初  甚吾      二  甚之丞、高岡住 後小松住   三 太兵衞、明暦頃小松住   
  兼久━━━━━━━━ 兼久━━━━━━━━━━━━━┳━ 兼久━━━━━━━━━━━┓
 代  元龜頃入國   代  慶長中          ┃ 代 萬治三年金澤歸住    ┃
                            ┃               ┃
                            ┃    高岡住        ┃
                            ┣━━幸久           ┃
                            ┃               ┃
                            ┃               ┃
                            ┃    高岡住        ┃
                            ┗━━元久           ┃
                                            ┃
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 ┃ 四  甚作            六  甚之丞 二  七  甚三郎         
 ┣━ 兼久━━━━━━━━━━━━┳━ 兼久━━━━━━━ 兼久━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 代              ┃ 代  寛政三年歿  代  享和三年歿      ┃
 ┃                ┃                         ┃
 ┃ 五  甚右衞門、兄の後を繼ぐ ┃                         ┃
 ┗━ 兼久            ┗━兼幸                      ┃
   代  明和六年歿                                 ┃
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 ┃                                   
 ┃ 八  甚太郎             甚之丞、安政六年伊勢大掾
 ┗━ 兼久━━━━━━━━━━━━┳━兼重            
   代  弘化三年歿五十二歳   ┃   文久二年六月歿、四十七歳
                  ┃               
                  ┃    文久二年十一月歿   
                  ┣━孝次郎           
                  ┃               
                  ┃               
                  ┃               
                  ┣━彌三郎           
                  ┃               
                  ┃               
                  ┃   甚吉、慶應二年伊勢大掾 
                  ┗━兼豐            
                      明治四十年歿、七十七歳 
                                  
兼久は關兼元の末葉にして、その初代は元龜の頃加賀に入ると傳へ、爾後數代に及ぶといへども、新刀初期の作品を絶えて見ざるのみならず、承應三年前田利常瑞龍寺奉納せるもの、又は享保五年の鍛冶取調書中にその名を列せず。思ふに慶長頃の兼久が美濃より來りて下職を營みたるに起り、その鍛壇を開きたるは新々刀期に入り、松戸泰平の門に學びたる寛政頃の兼久を以て始祖とすべきが如し。兼久銘の世に存するもの、亦極めて稀少なり。