石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第六節 刀工

叙上兼若の世代は、三州鍛冶系圖所載のものに、景平を三代兼若として補ひたるものに過ぎず。然るに享保五年書上の兼若家由緒書によれば、初代四方助兼若は濃州住にして加賀に來りしことなく、當國に於ける初祖は從來二代と目せられたる甚六兼若即ち越中高平にして、二代を四郎右衞門景平とし、三代を又助兼若、四代を四郎右衞門兼若、五代を甚太夫兼若と序次し、しかも高平景平とにはその初銘の兼若たりしことを記せず。是を以て五代甚太夫若しくは四代四郎右衞門は、三代又助を以て兼若銘の初代と考へたるが如し。世に賀州住二代兼若と切り、裏銘に延寶五年八月吉日と切りたるものあるは即ちこの謂にして、この二代兼若は四郎右衞門兼若たるなりとの新説あり。思ふにこの論從ふべし。