石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第六節 刀工

下りて延寶に及び、刀劍は益實用より離れ、一般の美術工藝品と同視せらるゝに至り、而してこの傾向を最も能く具現したる刀工に辻村四郎右衞門兼若出羽守高平との兄弟並びに洲崎四郎兵衞家平あり。四郎右衞門兼若は今日世人の擧つて名工と認むる者なるが、かくの如きは太平時代に於ける武士の感賞の延長と見るべく、かの大坂の助廣・眞改を褒賞すると同一事情によるものと解せざるべからず。從つて日本刀の本質たる鋭利を尊重する點より觀察せば、四郎右衞門兼若如何に巧手なりといふとも、天正の四方助兼若慶長元和甚六兼若に比して遠く及ばざるものあるべし。當時の作風は之を前期に比するときは、姿態益優美となり、地鐵の精美と刄文の華麗と彌加り、大坂新刀の影響を多分に受けたるものすら出現して、刀劍本來の實用的使命を忘却するに至れるものなるが、全國的に華美の風の流行せし時代なるが故に、かくの如きも亦止むを得ざりしなるべし。當時尚優柔なる世相に墮せず、多數佳良の作品を殘したる勝國・清光・炭宮の諸族の如きありといへども、鍛作上鐵地肌の寛永期に比して著しく精美に赴ける點は共通なり。從ひて鍛錬の技術自體より批判するときは、寛永期に比して更に進歩せしものといふべきなり。