石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第六節 刀工

此の時に當りて藩侯前田利常は百般の工藝奬勵したりしが、殊に刀工の優遇に意を致し、その邸地を城下鍛冶町に賜ひて集團工區を作らしめたりき。

 急度申遣候。然者鍛冶町之内奉公人並無役之者數多有之、鍛冶迷惑仕由候條、堅く相改、役致し候鍛冶共え見計可相渡者也。
    子五月四日(寛永元年)                     利     光(利常前名) 在判
      淺 野 將 監 殿
      西 村 右馬之助殿
      石 川 茂 平 殿
      野 村 五郎兵衞殿
〔金城深秘録〕
淺野將監等は屋敷奉行にして、邸地の管理に關する事務を掌るものなり。この文意は、鍛冶町は主として鍛冶の住する所たるに拘らず、給人その他の雜居するものあるを以て、若し彼等の邸地にして鍛冶の業務に支障を生ぜしむる憂あるときは之を轉ぜしめ、改めて鍛冶等に分割下附すべしといへるなり。當時刀工にして手腕の巧妙なるものはより米を扶持せられ、之に對して毎年刀・脇指・鎗・鏃等の一定數を上納すべき義務を負へり。利常の書翰中に『役致し候鍛冶共』といへるもの即ち是なり。又享保五年正月甚太夫兼若の認めたる辻村家由緒書に、『微妙公之御聽に奉達候處。御意を以鍛冶町にて前口六間四尺之居屋敷並鎚打共之屋敷迄拜領仕』といへるは甚六兼若に居屋敷を賜ひたるの意とし、その他利常の時に居宅を鍛冶町に賜ひたることを記すもの多し。又關屋政春の古兵談に、『利常卿の時伊達正宗入り給うて、御領國之鍛冶共皆能く刀劒を打候由兼々承りたり。新身をば所望致し度との事なり。依て即座に兼卷・兼若・家忠等の打たる新刀白鞘の大小刀二十腰取出し給うて、皆ためしける處能く切れ候なり。御近習の若き衆へ爲御差候へと仰せられて進上し給ふ。』とあるも、刀工に納めたるを貯藏し置けるなるべし。刀工が臨時に刀・鎗製作の命を受けたることも屢これありたるべく、同じく利常の時家忠に鎗五百筋を作らしめたるに、家忠は一人にて之を打上げたりといひ、光國に大身槍五十筋・中身鎗百筋を作らしめて過分の時服・綿布・子等を與へられたることありともいへり。