石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第二節 陶磁

五代大樋勘兵衞は、文政七年十月家を嗣ぎ、八年三月二人扶持を受け、十一年正月より河北郡山上村字清水に製陶の用地を貸與せらる。勘兵衞この年以降、藩侯の在江戸と在國とに拘らず、毎年元日に使用する大福(オホブク)茶碗を献納す。大幅茶碗は口徑三寸八分・高さ二寸八分、白釉にして外側に海老を附したる注連飾の畫を描きたるもの、及び黒釉にして寶珠三個を刻し金箔を塡したるもの、各一個を一組とし、侯の在江戸の年には十一月十九日、在國の時には十二月十九日を以て献納し、その上箱には大樋長左衞門の名を書せり。葢し彼の名は勘兵衞なりといへども、世人皆初祖の名によりて長左衞門と呼びしが故なるべし。勘兵衞弘化四年三月歩士組列の待遇を受け、祿參拾俵を賜はる。その陶器御用を命ぜられしこと故の如く、嘉永三年三月二十一日將軍徳川家慶が江戸本郷の邸に臨みしとき、召されて天目茶碗を燒けり。勘兵衞安政三年二月十一日歿し、子朔太郎亦此の年六月二十五日歿せしを以て、弟道忠七世の統を襲ぐ。道忠廢の後一時業を罷めしが、明治十七年十二月再び春日町に開窯し、三十二年歿するに及びてその統斷絶せり。