石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第二節 陶磁

永樂窯の工長たりし永樂和全京都世襲の陶家なり。その父保全は木米と時を同じくし、保全の紫釉は木米の黄釉と比肩して磁界の偉觀と稱せられ、而して和全は保全と共に永樂系中の双璧と言はれし人なり。京都に於ける永樂系は元來製磁に精しく、石燒と樂燒との製品極めて少かりしが故に、九谷本窯が白磁の完成を期して和全を聘したるは實に適當の措置なりしなり。和全は文政六年に生まるといひ、その山代に在りしは四十五歳より後五年間に亙りしが、居常土民と交るを好まず、時ありて金澤に赴きて點茶家を訪ひ、最も原呉山と親善にして書信を往復せり。此等手簡中に耳聾和全と記したるものあるは、之を聾木米に對して奇觀とすべし。和全又門弟を養成すること尠く、山代の大藏壽樂・木崎萬里、能美郡今江の油屋長作等、僅かに二三を數ふるのみにして、自ら營々として製作に從ひしものゝ如し。明治中山中町矢口永壽堂の職長に瀧口加全ありて、和全の門弟たりといへども、彼は和全が歸洛の後に於いて從遊したりしなり。