石川県立図書館/大型絵図・石川県史

石川県史 第三編

第四章 美術工藝

第二節 陶磁

齋田屋伊三郎は後に道開と號し、佐野の人なり。本多貞吉の若杉に來るや、伊三郎之に就きて著畫を學び、後勇次郎の赤繪を初むるに及び、伊三郎又之を學ぶこと六年。次いで文化十三年より江沼郡山代の豆腐屋市兵衞に南寫染付畫を學び、文政五年よりは京都清水に至り、與三平の家に在りて彩色著畫を習ひ、十年伊萬里に赴き、宇右衞門に就きてその畫風と燒成の法とを研究し、後尾張・美濃を遍歴し、天保元年歸郷して若杉窯橋本屋安右衞門に聘せらる。六年伊三郎自ら佐野に窯を起して徒弟に教ふ。是より名聲大に著れ、門に入りて學ぶもの小松松屋菊三郎・牧屋助次郎、高堂の磯右衞門、粟生の平八、佐野の徳兵衞・太左衞門・二世伊三郎、大長野の文吉以下數十人に及び、忽ち陶畫界の革新を來すに至れり。伊三郎の着畫は、初め燒成不完全にして色彩鈍かりしかば、二度燒の法を工夫して大に効果を掲げたりき。明治元年六十五歳を以て歿す。村民之を追慕し、狹野神社の境内辨天山に祖靈社を作りて之を祭り、翌年追悼會を催し、更に紀念碑を傍に立つ。道開祭は今も尚行はる。